ニュー イヤー コンサート 2020。 NHK番組表・トップページ

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ニュー イヤー コンサート 2020

2020年は、ボストン交響楽団音楽監督、ゲヴァントハウス管弦楽団楽長を兼任する、ラトヴィア出身のアンドリス・ネルソンスが初登場。 ウィーン・フィルとは2010年以来、すでに80回近く共演を重ねており、数少ないウィーン・フィルの定期公演の常連指揮者の一人。 日本公演も含む海外ツアーやザルツブルク音楽祭にも出演し、2017~19年にはベートーヴェンの交響曲全曲を演奏・録音、さらに記念イヤーのベートーヴェン・チクルスを任されるなど、厚い信頼を寄せられているネルソンスが、新たな時代のウィンナ・ワルツとポルカを華麗に、かつ鮮烈に紡ぎ出した。 現地メディアも、「祝祭的気分に溢れ、音楽的に優れたネルソンスのデビュー」(『クーリエ』紙)、「ネルソンスのニューイヤー・コンサートは、ピチピチ感満点。 聴衆も熱狂し、スタンディング・オヴェーションで応えた」(『クローネ』紙)、「ドライヴ感がすごく、細かいところまで配慮され、爆発的な迫力にビックリ」(『スタンダード』紙)など、絶賛の嵐。 演奏曲目は、定番の「美しく青きドナウ」「ラデツキー行進曲」などに加えて、今年生誕250年のベートーヴェン、没後150年のヨーゼフ・シュトラウス、ザルツブルク音楽祭創設100年、ウィーン楽友協会竣工150年と、2020年のさまざまなアニヴァーサリーを織り込んだ多彩な作品で構成され、しかも同コンサート初登場となる作品が9曲と新鮮味も十分。 音楽プロデューサーの渋谷ゆう子さんの現地コンサート・レポートをお届けする。 ********* 2020年1月1日、午前 11時15分。 この時期のウィーンにしては高めの気温と暖かな陽射しに包まれ、楽友協会黄金のホールにはドレスアップした人々の新年の高揚感が満ちていた。 濃いピンクと黄色を基調とした無数のバラに埋め尽くされたステージでは、ウィーン・フィルのメンバーが和やかに指揮者の登場を待つ。 オープニングに持ってきたのは、ニューイヤー・コンサート初登場であるツィーラーのオペレッタ「放浪者」序曲である。 ウィーンで生まれウィーンで亡くなった作曲家ツィーラーのオペレッタの中で、唯一これまで同コンサートで演奏されなかった曲だ。 続いてヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「愛の挨拶」、「リヒテンシュタイン行進曲」と冒頭から3曲目まで初登場の楽曲が演奏された。 1870年に亡くなったヨハン2世の弟ヨーゼフ・シュトラウスは今年が没後150年にあたることもあり、アンコールまで含めると5曲が演奏された。 さらに、ニューイヤー・コンサート恒例のサプライズとして、今回はトランペット奏者ネルソンスが登場。 ラトヴィア国立歌劇場の首席トランペット奏者という経歴を持つネルソンが見事なソロを演奏した「郵便馬車の御者のギャロップ」も観客を大いに楽しませた。 また2020年のクラシック音楽界の世界的なトピックでもあるベートーヴェンの生誕250年を記念して「コントルダンス」が取り上げられた。 舞曲としての華やかさの中に時おり目立つベートーヴェンらしい力強さをネスソンスがすくい上げ、聞き応えのある演奏となった。 初登場の楽曲が9曲という目新しさを抑えるかのように、全体の構成はワルツ、ポルカ、ギャロップなどの組み合わせをオーソドックスな並びにし、奇を衒う方法は採用していない。 曲そのものが持つ力と伝統的な自然な流れで配置している。 ニューイヤー・コンサートといえば、ワルツやポルカで新年の喜びを表す陽気さがイメージされるが、ネルソンスとウィーン・フィルがこの日表現したのは、人間の多様な感情とその変化であり、音楽の中に人々の思いを丁寧に音でなぞるような豊かな表現力であった。 隅々まで美しく彫琢された「美しく青きドナウ」に続いて最後に演奏された「ラデツキー行進曲」は、今回新しく編曲された楽譜が使われた。 これまで使われていた楽譜の編曲者レオポルト・ヴェニンガーがナチス党員であった経緯を指摘されたからだ。 ウィーン・フィルによる今回の編曲は全体的にシンプルな形に変化しているが、これは観客の手拍子が入ることを念頭にされたものだという。 この響きが一新されたこの定番行進曲の演奏をウィーン・フィルに任せながら、観客をコミカルな動きで巻き込んでいくネルソンスの人間味が、さらに黄金の間を至福の場に導いた。 コンサートは大きな熱狂とともに終了したが、それは同時にウィーン市民がネルソンスを大いなる文化の継承者として認めた瞬間でもあった。 ネルソンスは人が好きなのだろう。 音楽を生み出した作曲家だけでなく、それらを受け止め音楽文化を育んできた当時の人々へも、そしてそれをつなぐ現代の人々に対しても、彼は穏やかに温かく愛で包む術を持っている。 リハーサルで楽団員に指示を出す際にも、決して雰囲気を悪くするような言い方や態度をとらず、敬意を持って音楽表現をお願いしていた。 そんな彼の姿勢が、本番では聴衆に伝わり、ホール全体が温かな音楽愛に包まれた。 音楽はその場の空気を振動させて成立する芸術である。 会場の空気はそこにいる観客全員の温かな吐息で構成されている。 ウィーンの伝統を継承し確かな技術と表現力のある楽団員と、その伝統に愛を持って臨む指揮者。 そしてそれを新年の喜びと共に享受する2000人の聴衆。 これらすべての要素が合わさることで、黄金の間には肯定的な音楽愛が満ち溢れた。 曲が進むにつれ、ネルソンスの世界感が受け入れられ、聴衆はその音楽を全身で受け止め、それが喜びの吐息となり会場を埋めていく。 だからこそ、ニューイヤー・コンサートが成功したのだ。 若き指揮者ネルソンスは新しいニューイヤー・コンサートを創ったのか。 楽友協会にこの日集ったウィーン、そして世界各国より集った聴衆はその問いに「ノー」を示した。 「いや、これは正にウィーンのそのものだ」と。 新たな時代を予感させるその演奏は、この音楽都市のコンサート聴衆が求める厳しい音楽基準に確実に受け入れられ、温かい称賛を得たのである。 新しい試みと定番の中に文化と歴史の重みを実直に提示したネルソンスについて、コンサート後には、「彼はウィーン人だったのか?」と冗談が聞こえるほどだ。 この日、若きマエストロがウィーン・フィルとともに生み出した世界観は、ウィーンの都と人々の文化に息づく大切なものが確実に内包されていた。 正にウィーンが歴史と文化の中で求める本来の意味での「ニューイヤー・コンサート」がネルソンスによって示されたのである。 (渋谷ゆう子、音楽プロデューサー) ********* 「ニューイヤー・コンサート2020」のアルバム全曲配信は本日スタート。 CDは1月29日、ブルーレイディスクは2月19日に発売される予定である。 ポルカ「花祭り」 作品111(ヨハン・シュトラウス2世) 5. ワルツ「シトロンの花咲く国」 作品364(ヨハン・シュトラウス2世) 6. オペレッタ「軽騎兵」 序曲(スッペ) 8. ワルツ「もろびと手をとり」 作品443(ヨハン・シュトラウス2世) 10. ワルツ「楽しめ人生を」 作品340(ヨハン・シュトラウス2世) 15. トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214(ヨハン・シュトラウス2世) 16. ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:アンドリス・ネルソンス [録音]2020年1月1日、ウィーン、ムジークフェラインザールでのライヴ・レコーディング.

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アンドリス・ネルソンス/ニューイヤー・コンサート2020

ニュー イヤー コンサート 2020

新たな年を寿ぐ、ウィーン・フィルの華麗なワルツとポルカ。 21世紀の指揮者道を邁進するネルソンスが、ニューイヤー・コンサート初登場。 【新たな年を告げる世界一のクラシック・コンサート】 毎年1月1日に行なわれるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート。 クラシック音楽の中でも最も有名で、ウィーンの誇る黄金のムジークフェラインザールからTVとラジオを通じて世界90カ国以上に放送され、5億人が視聴するというビッグ・イベント。 1939年に始まる75年以上の歴史を誇るこのコンサートでは、音楽の都ウィーンを象徴するシュトラウス一家のワルツやポルカが演奏され、その高額のチケットは世界一入手困難と言われています。 【ウィーン・フィルと蜜月状態にある若きマエストロ、ネルソンス】 2020年は、ボストン響音楽監督、ゲヴァントハウス管楽長を兼任するアンドリス・ネルソンスが初登場。 ウィーン・フィルとは2010年10月にモーツァルト:交響曲第33番、ドヴォルザーク『新世界より』他で初共演して以来、すでに80回近く共演を重ねており、数少ないウィーン・フィルの定期公演の常連指揮者の一人となっています。 日本公演も含む海外ツアーやザルツブルク音楽祭にも出演し、2017〜19年にはベートーヴェンの交響曲全曲を演奏・録音し、さらに記念イヤーのベートーヴェン・チクルスを任されるなど、厚い信頼を寄せられているネルソンスが、新たな時代のウィンナ・ワルツとポルカを華麗に、かつ鮮烈に紡ぎ出します。 【アニヴァーサリー企画も満載!練りに練られたプログラム】 演奏曲目は、定番の『美しく青きドナウ』『ラデツキー行進曲』などに加えて、生誕250年のベートーヴェン、没後150年のヨーゼフ・シュトラウスなど、2020年のさまざまなアニヴァーサリーなどテーマ性を織り込んだ多彩な作品で構成され、しかも同コンサート初登場が9曲と新鮮味十分です。 【黄金色に輝く音楽の殿堂で繰り広げられる豪華絢爛な音絵巻】 鮮明な音声は、たくさんの花で美しく彩られたウィーン・ムジークフェラインの黄金のホールで繰り広げられる音楽の饗宴を生々しく楽しむ贅沢を与えてくれます。 【アンドリス・ネルソンス】 1978年ラトビア・リガ生まれ。 音楽家の両親のもと、幼少期よりピアノ、トランペット、声楽を学び、数多くの賞を受賞。 ラトビア国立歌劇場のトランペット奏者を経て、マリス・ヤンソンスらに師事。 ラトビア国立歌劇場、英国バーミンガム市響の首席指揮者を歴任し、現在は米国ボストン響音楽監督、独ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管楽長。 オペラ指揮者としての手腕も評価されている。 (メーカー資料より) 【収録情報】 1. ポルカ「花祭り」作品111(ヨハン・シュトラウス2世) 5. ワルツ「シトロンの花咲く国」作品364(ヨハン・シュトラウス2世) 6. オペレッタ「軽騎兵」序曲(スッペ) 8. ワルツ「もろびと手をとり」作品443(ヨハン・シュトラウス2世) 10. ワルツ「楽しめ人生を」作品340(ヨハン・シュトラウス2世) 15. トリッチ・トラッチ・ポルカ作品214(ヨハン・シュトラウス2世) 16. ワルツ「ディナミーデン」作品173(ヨーゼフ・シュトラウス) 他アンコール曲を予定 *シュトラウスの作品名は日本ヨハン・シュトラウス協会刊の『ヨハン・シュトラウス2世作品目録』(2006)、「ヨーゼフ・シュトラウス作品目録」(2019)に従っています。 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 アンドリス・ネルソンス(指揮) 録音時期:2020年1月1日 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール 録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ) 創設者のクラウスに始まり、クリップス、そして25年にわたってヴァイオリンを弾きながら指揮したボスコフスキーの時代にTV中継が始まって世界的に知られるようになったニューイヤー・コンサート。 ボスコフスキーの後は、マゼール、カラヤン、クライバー、アバドなどウィーン・フィルと関係の深い指揮者が登場。 ヨハン・シュトラウス・ファミリーのワルツやポルカを中心に、ランナー、モーツァルト、シューベルト、ウェーバー、ブラームス、ベルリオーズ、スッペ、オッフェンバック、チャイコフスキー、ヴェルディ、ワーグナー、そしてR. シュトラウスにいたる作曲家の様々な作品が取り上げられています。 定番のアンコールである『美しく青きドナウ』と『ラデツキー行進曲』が固定化したのは1958年のこと。 1961年からはORF オーストリア放送協会 が毎年生中継および録音を行なうようになりました。 ニューイヤー・コンサートの実際のライヴがレコード化されたのはボスコフスキー指揮の1975年のことで、ボスコフスキーによる最後の出演となった1979年にはデジタルでライヴ収録され、全曲がレコード化されたことで大きな話題となりました。 とはいえ1990年代まではコンサートの演目全曲がCD化されることはほとんどありませんでしたが、最近は全演目が録音後数日でCD化され、映像もDVDおよびブルーレイとして発売されるようになっています。 翌年度の1941年からは元旦の演奏会が恒例となり、クラウスは連合軍に指揮を止められていた1946年と47年を除き、亡くなる年の1954年まで「ニューイヤー」の指揮台に上り続けました。 この1954年のニューイヤー・コンサートはレコードに記録された最も古い「ニューイヤー」として知られています。 創始者クラウスが指揮した最後の「ニューイヤー」という意味でも貴重な録音ということができますが、なにより凄いのは演奏そのもの生命力。 ポルカなどクライバーよりも速い猛スピードぶりです。 また、このホットな演奏をいっそう雰囲気豊かに引き立てるのが、曲間に挿まれる女性アナウンサーによる案内だったり、聴衆の拍手だったりするわけですが、それらが現在定着しているスタイルとは少なからず異なっているのも興味深いところです。 例えば「春の声」では開始と同時に自然に大きな拍手が沸き起こり、クラウスは一度演奏を止めてあらためて開始していますし、「ラデツキー」には手拍子がありません。 また、同じ曲を繰り返す、字義通りの「アンコール」が5曲もあります。 ヨーゼフ・クリップス [1902-1974 オーストリア] 1946 1947 ヨーゼフ・クリップス[1902-1974]はウィーン生まれのオーストリアの指揮者。 ワインガルトナーらに師事し、1921年、19歳でワインガルトナーの助手、コレペティトゥーアとしてウィーン・フォルクスオーパーと契約。 当時のフォルクスオーパーは『サロメ』や『トスカ』など新作オペラ上演にも熱心な通常のオペラハウスで、クリップスはここで指揮助手のほか、歌手のコーチや合唱の指導もおこなって経験を積み、その後、25歳の若さでカールスルーエ国立歌劇場の楽長に就任、1935年には33歳でウィーン・アカデミーの教授となっていました。 ヴィリー・ボスコフスキー [1909-1991 オーストリア] 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1909年6月16日、ウィーンに誕生。 ウィーン音楽アカデミーに学び、1932年にウィーン国立劇場管弦楽団に入り、1939年にコンサートマスターに就任。 ウィーン・フィルには1970年まで在籍し、この間「ボスコフスキー四重奏団」「ウィーン八重奏団」「ウィーン・フィルハーモニー四重奏団」を組織、室内楽の活動もおこないます。 ウィーン・フィルによる「ニューイヤー・コンサート」への指揮者としての登場は、1954年に創始者であるクラウスの死去にともなう窮余の一策でしたが、ヨハン・シュトラウス2世のようにヴァイオリンをもち、弓で拍子をとり表情をつけ、コンサートは大成功。 1970年にウィーン・フィルを脱退しますが、1979年まで「ニューイヤー・コンサート」の計25回も指揮台に立ち続け、その後は各地に客演活動を展開。 1991年4月21日にスイスのナスティで死去。 ロリン・マゼール [1930-2014 アメリカ] 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1994 1996 1999 2005 1930年3月6日、パリ近郊で、ユダヤ系でロシア系の父と、ハンガリー系でロシア系の母の間に誕生し、ほどなくアメリカに移住。 ピッツバーグで育ったマゼールは、幼少期から音楽的才能を示し、4歳でピアノ、5歳でヴァイオリン、7歳で指揮を学び、8歳でアイダホの大学のオーケストラを相手にシューベルトの『未完成』で指揮者デビュー。 翌年にはニューヨークの世界博覧会に出演してオーケストラを指揮、天才少年指揮者として大きな話題となりました。 ヘルベルト・フォン・カラヤン [1908-1989 オーストリア] 1987 1908年4月5日、外科医の父エルンストと母マルタの次男として、モーツァルトの故郷オーストリアのザルツブルグに生まれました。 生年時の本名はヘリベルト・リッター・フォン・カラヤン。 3歳のときにピアノを習い始め、4歳半で公開演奏をおこなうなど、当時はピアノの神童として騒がれていました。 クラウディオ・アバド [1933-2014 イタリア] 1988 1991 1933年6月26日、ミラノに誕生。 父のミケランジェロ・アバドはヴァイオリン教師で作曲家、ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院の要職を務めた人物で、ミラノで開催される「ミケランジェロ・アバド国際ヴァイオリン・コンクール」でも知られており、母のマリア・カメラ・サヴァニョーネはピアニストだったほか、兄弟や親戚も音楽家という一族。 アバドは幼少から音楽を学び、19歳の時には父と交流のあったトスカニーニの前でバッハの協奏曲を弾いたりもしていました。 その後、ミラノ音楽院で、指揮、ピアノ、作曲を修めた後、1956年からはウィーン音楽院でハンス・スワロフスキーに指揮を師事。 1958年、タングルウッド音楽祭でクーセヴィツキー賞を受賞。 1959年、トリエステ交響楽団を指揮して指揮者デビュー。 カルロス・クライバー [1930-2004 オーストリア] 1989 1992 個性的かつ衝撃的な演奏解釈でカリスマ的な名声を誇ったドイツ出身の指揮者。 往年の大指揮者だった父エーリヒへの愛憎半ばする感情に由来するともされた、極端に神経過敏な性格から奇矯なエピソードにも事欠きませんでしたが、2004年、妻の出身地であるスロヴェニアのコンシチャという町で闘病の果てに亡くなりました。 ズービン・メータ [1936- インド] 1990 1995 1998 2007 2015 1936年ボンベイ生まれ。 ウィーン、イギリスでキャリアをスタート。 モントリオール交響楽団、ロサンジェルス・フィルの音楽監督を歴任、1978年、ブーレーズの後任としてニューヨーク・フィルの音楽監督に就任。 1985年にはフィレンツェ五月音楽祭管弦楽団の首席指揮者に就任、2004年、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団名誉指揮者。 リッカルド・ムーティ [1941- イタリア] 1993 1997 2000 2004 2018 1941年ナポリ生まれ。 ミラノで学び、1967年にグイド・カンテッリ国際指揮コンクールで優勝。 1970年より1981年までフィレンツェ5月音楽祭の首席指揮者を務め、70年代には、フィラデルフィア管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者も歴任。 1986年には、ミラノ・スカラ座の芸術監督に就任。 2010年、シカゴ交響楽団音楽監督に就任。 ニコラウス・アーノンクール [1929-2016 オーストリア] 2001 2003 1929年ベルリン生まれのオーストリアの指揮者、チェロ奏者。 グラーツで育ち、1952年から1969年までウィーン交響楽団のチェロ奏者をつとめるかたわら、古楽、古楽器の研究・収集にも力を注ぎ、1953年にはオリジナル楽器によって演奏を行なうアンサンブル「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を結成、4年間の研究を経て1957年には同団の初コンサートを開催。 以来、同アンサンブルとは300枚分以上のレコーディングをおこなってもいます。 小澤征爾 [1935- 日本] 2002 1935年、中国のシェンヤン 旧奉天 生まれ。 幼いころからピアノを学び、成城学園中学校を経て、桐朋学園で齋藤秀雄に指揮を学んだ。 1959年、ブザンソン指揮者コンクールで第1位を獲得。 当時ボストン響の音楽監督であり、このコンクールの審査員であったシャルル・ミュンシュに翌夏タングルウッドに招かれた。 その後、カラヤン、バーンスタインに師事、ニューヨーク・フィル副指揮者、シカゴ響ラヴィニア・フェスティバル音楽監督、トロント響音楽監督、サンフランシスコ響音楽監督を経て1973年にボストン交響楽団の第13代音楽監督に就任。 2002年秋には、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任。 マリス・ヤンソンス [1943- ラトヴィア] 2006 2012 2016 マリス・ヤンソンスは、指揮者アルヴィド・ヤンソンスの息子として1943年にラトヴィアのリガに生まれました。 レニングラード音楽院でヴァイオリン、ピアノ、指揮を学び、優秀な成績で卒業、ウィーンでハンス・スワロフスキーとエステルライヒャーに、ザルツブルクでヘルベルト・フォン・カラヤンに師事。 1971年にレニングラード・フィルを指揮してプロ・デビューし、1973年からはムラヴィンスキーに招かれて副指揮者をつとめたという経歴の持ち主で、1986年のレニングラード・フィル来日公演でのムラヴィンスキーの代役としての第5番での見事な演奏は語り草にもなっています。 ジョルジュ・プレートル [1924-2017 フランス] 2008 2010 フランスの指揮者、ジョルジュ・プレートルは、パリ音楽院でトランペットと指揮を学んだほか、ピアノも演奏、デュリュフレに師事して作曲もおこなっていました。 卒業後はフランスでオペラ指揮者としてキャリアをスタートし、1958年にシカゴのリリック・オペラでアメリカ・デビュー、1959年にはプーランク『人間の声』の初演でプーランクから絶賛されてお気に入り指揮者に認定、1961年にはマリア・カラスに気に入られて録音やコンサートに起用され、その後1965年のオペラ引退までの4年間に渡って共演することとなります。 こうしたことからプレ-トルといえばプーランクのスペシャリストで、カラスに気に入られた指揮者というイメージが広がりますが、実際のプレートルのレパートリーは幅広く、早くからコンサート分野でも高い評価を獲得、EMIやRCA、TELDECなどに数多くのレコーディングをおこなっていました。 ダニエル・バレンボイム [1942- イスラエル] 2009 2014 1942年アルゼンチンのブエノスアイレス生まれのロシア系ユダヤ人。 5歳でピアノをはじめ、7歳でピアニストとしてデビュー。 1952年イスラエルへ移住。 1954年ザルツブルクでマルケヴィチの指揮法のマスタークラスに参加。 同年フルトヴェングラーに絶賛。 1955年パリでナディア・ブーランジェに師事。 現在、ベルリン国立歌劇場音楽総監督。 グスターボ・ドゥダメル [1981- ベネズエラ] 2017 「音楽の未来を作るロックな指揮者」と称されるグスターボ・ドゥダメルは、1981年ベネズエラ生まれ。 エル・システマの音楽教育を受け、12歳で初めてオーケストラを指揮。 18歳でシモン・ボリバル・ユース管音楽監督就任。 ラトルのアシスタントをつとめ、2004年第1回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクール優勝。 2009年以来ロサンジェルス・フィル音楽監督。 クリスティアーン・ティーレマン [1959- ベルリン] 2019 1959年ベルリン生まれ。 シュテルン音楽院で学び、カラヤンのアシスタントに。 ベルリン・ドイツ・オペラ音楽総監督、ミュンヘン・フィル音楽監督を経て、2012年〜シュターツカペレ・ドレスデン首席指揮者、2013年〜ザルツブルク復活祭音楽総監督。 ワーグナー、シュトラウス、ブルックナーを中心とするドイツ音楽の巨匠。 アンドリス・ネルソンス [1978- ラトビア] 2020(予定) ソ連時代のラトヴィアに誕生。 生地リガでトランペットとバス=バリトンの勉強をし、その後、サンクトペテルブルグで指揮を学び、やがてヤンソンスにも就いて頭角をあらわします。 2003年にラトヴィア国立歌劇場首席指揮者に若くして就任、2006年には北西ドイツ・フィルの首席指揮者、2008年にはバーミンガム市交響楽団音楽監督となって話題を集め、2014年にはボストン交響楽団音楽監督、2017年にゲヴァントハウス管弦楽団カペルマイスターに就任。

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2020年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート、収録後わずか10日にして、本日全曲配信スタート

ニュー イヤー コンサート 2020

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