吉本 岡本社長 現在。 会社概要

ダウンタウン歴代マネージャー一覧と現在の役職

吉本 岡本社長 現在

吉本興業の岡本社長のパワハラ問題で話題になっていますが、 実はもともとダウンタウンのマネージャーを数年間担当されていた方で、 ガキの使いやあらへんでなどダウンタウンの番組にもよく出演していたほど。 岡本社長に限らず、現在ダウンタウンの元マネージャーのほとんどが 吉本のお偉いさんになっています。 そこでダウンタウンの歴代マネージャーと現在の役職を一覧にしてまとめてみました。 ダウンタウンが大阪でまだスケジュールが真っ白な時にも、大崎さんが会社に呼び出し、 大崎とコント打ち合わせと称してダウンタウンと毎週のように稽古を繰り返していたとか。 ダウンタウンは真面目に会社に来ていたそうです。 昔はダウンタウンのガキの使いやあらへんででブリーフ一丁で 猫を抱きかかえて出演するなど今とはまったく違う一面も。 また名古屋吉本の所長を以前務めており、 スピードワゴンが名古屋吉本時代に最もお世話になった人。 時間を持て余していた2人は一緒にサウナに行ったり、映画を見に行ったり、 ずっと行動を共にしていたので、松本さんは大崎さんが辞めるなら吉本を辞める! とテレビでも公言するぐらいの信頼関係です。 有名な話で大崎さんがプールで1回も息継ぎせずに泳げたら、 これから先、俺の言うこと1個だけ絶対聞いてくれるか?と言い放ち、見事成功!! 松本さんと固い約束をしたそうです。 岡本社長はダウンタウンの3代目マネージャーで前述のように、 昔はガキの使いにブリーフ一丁で出演したり、ダウンタウンの2人に気に入られていたよう。 数年前にも出演して月亭方正さんを番組上の演出でしばいていました(笑) このように現在ダウンタウンの歴代マネージャーの多くが吉本興業の役員となっており、 重要なポジションについて活躍しています。 しかも、出身大学も最低でも関関同立出身者がほとんど。 これだけ出世コースに入れるのなら、現場の社員としては少々厳しかったとても ダウンタウンのマネージャーになりたい人はめちゃくちゃ多いと予想されます。 スポンサーリンク.

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吉本興業の歴代社長と経歴まとめ【画像】歴史やエピソードが凄い!

吉本 岡本社長 現在

Contents• 田村亮さんは謝罪会見中に契約解消が発表されるという、臨場感あふれるものでしたね。 』 『やってもええけどほんなら全員連帯責任でクビにするからな』 『俺にはおまえら全員クビにする力があるんや』 などの言動がパワハラに価すると、世間がざわついています。 『在京在阪5社のテレビ局は吉本の株主だから大丈夫』 というのも「???」な発言でしたよね。 そして何度も謝罪会見開催をお願いしたものの、「日時はこちらが決める」と取り合ってもらえず、19日予定の会見前では「こちらの用意した回答を練習してもらう」「 引退会見もしくは、2人の契約解除どちらか」の2択しかなかったといいます。 吉本興業・岡本社長とはどのような人物なのでしょうか!? 吉本興業・岡本昭彦社長経歴・大学?画像も! 今田耕司・東野幸治担当も! 岡本 昭彦(おかもと あきひこ) 日本の実業家。 吉本興業株式会社代表取締役社長 株式会社MCIPホールディングス代表取締役会長 通称 おかもっちゃん 1966年生まれ 52歳 1991年天理大学外国語学部インドネシア学科卒業後、吉本興業入社。 学生時代は、アメリカンフットボール部で、クォーターバックをしていたそうです。 2年後 1993年 にダウンタウンのマネージャーに。 その後、今田耕司さん、東野幸治さん、130R(蔵野孝洋さん・板尾創路さん)、木村祐一さんらも担当。 芸人の仕事を整理するデスク業務の経験のほか、マネージャーや番組制作の仕事が長いそうです。 これまで、以下のような役職を務めてきた方です。 このあと岡本社長が月亭方正 山崎方正 さんを容赦なくビンタの、もっと鮮明な動画もあったのですが、なぜか削除されてしまいました。 もともとは宮迫さん達が起こした不祥事から彼らを守るために、弁護士さんの「会見に成功というものはないのだと、ほぼ失敗だ」という言葉に従って「静観」し、あえてやり過ごしてきたのかもしれませんが… 「FRIDAY」はじめ、報道陣からの問いに何の回答もなかったことが、さらに追い打ちをかける報道へとつながってしまったようです。 岡本昭彦社長、いよいよ、吉本興業の企業としての会見も免れなくなったのではないでしょうか。 スゴ腕で大出世してきた53歳の岡本社長も、正念場を迎えたというところでしょうか。。 今後の動向が注目されます。

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会社概要

吉本 岡本社長 現在

「吉本せい」 1932年-1948年 : 16年間 「林正之助」 1948年-1963年 : 15年間 ・1970年-1973年 : 3年間 ・1986年-1991年 : 5年間 「林弘高」 1963年-1970年 : 7年間 「橋本鐵彦」 1973年-1977年 : 4年間 「八田竹男」 1977年-1986年 : 9年間 「中邨秀雄」 1991年-1999年 : 8年間 「林裕章」 1999年-2005年 : 6年間 「吉野伊佐男」 2005年-2009年 : 4年間 「大崎洋」 2009年-2019年 : 10年間 「岡本昭彦」 2019年- 参考元: なお、 初代社長の 吉本せいさんは、創業者の 吉本吉兵衛さんの嫁であり、創業者の 姓から 吉本という 名前となりました。 さらに、 林正之助さんは、通算で 20年以上も 社長を務めていますが、初代社長の 吉本せいさんの弟です。 そのため、2000年代前半頃までは、完全に 一族経営であったことが分かります。 「ダウンタウン」は、「吉本興業」所属のお笑いコンビであり、関西や関東の多くの芸人が、お笑い芸人となるきっかけを… 吉本興業の歴史とエピソードまとめ 吉本興業は、創業者の姓を取り 吉本と名乗っていますが、現在は オーナー経営ではなく、東京・大阪の 主要民放局(フジテレビ・日本テレビ・TBS・テレビ朝日など)が 主要株主となっています。 なお、2007年9月までは、日本の芸能プロダクションの中で、 95年半の 最も古い歴史を持っており、その歴史は、 よしもとクリエイティブ・エージェンシーに引き継がれています。 そんな 吉本興業の歴史とエピソードまとめについて、ご紹介していきます。 吉本興業の歴史まとめ 吉本興業は、 吉本吉兵衛さんと 吉本せいさん 夫婦が大阪市北区天神橋にあった 第二文芸館を 買収し、 寄席経営を始めた事であり、明治45年の1912年4月1日に 創業されました。 そして、1913年1月に現在の大阪市中央区東心斎橋に 吉本興行部を設立しています。 しかし、1924年に 吉本吉兵衛さんが他界し、 吉本せいさんが 経営を背負うことになりましたが、2人の弟である 林正之助さんと 林弘高さんが 大阪と 東京で活躍しました。 その後、1932年に 吉本興業合名会社となり、 戦後の1948年に 吉本興業株式会社に発足されました。 なお、 吉本興業は経営陣の中枢を 創業者一族で固める 同族企業として出発しており、 吉本せいさんと 林正之助さんの 姉弟、 林正之助さんと 林弘高さんの 兄弟の 主導権争いを繰り広げてきました。 現在では、2005年の 林裕章さんの他界を受けて、 社長の 外部からの登用が続いています。 そして、 吉本興業といえば、 お笑いというイメージがあると思いますが、 戦前は 巨人軍を他社と共同で設立し、草創期の プロ野球界を支えました。 さらに、 戦後は 日本プロレス協会を立ち上げて 力道山をスターにし、近年はスポーツ選手の マネジメントを数多く手がけるなど、 スポーツ界とのつながりも深いことで知られています。 また、元々は全国で 寄席・ 劇場・ 映画館の 経営を手がける興行会社であり、 戦前は松竹・東宝・吉本で 三大興行資本と称され、東京の二大落語家団体の1つである 落語芸術協会の 創設者でもあります。 上記のように、 寄席経営からスタートした 吉本興業は、 お笑いだけに固執せず、 色々な分野に 挑戦し、 成功してきたことが分かります。 2019年には BSデジタル放送への新規参入を果たすなど、常に 先進的な取り組みをすることが歴代社長から 脈々と受け継がれているのだと思います。 (参考元:) 上記の 主なエピソードより、 吉本興業は、 約1,000人近い所属タレントや社員を抱える大きな会社なので、色々な問題があるとは思いますが、長年に渡り「 お笑い=吉本」という概念を崩さず、常に 業界トップを守ってきたことは凄いと思います。

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