いく りゅう は ひとつ じゃ ない。 山本彩 ひといきつきながら 歌詞

体外受精は胚盤胞じゃないと成功しないもの? 2008/04/24 09:26

いく りゅう は ひとつ じゃ ない

どうも、文系出身フリーランスエンジニアのりゅうけんです。 僕は新卒で入社した会社を11ヶ月で辞め、派遣社員を2年経てフリーランスエンジニアに転身しました。 僕はいわゆる、「インフラ系エンジニア」といって、企業のサーバやネットワークを設計構築する仕事が主です。 インフラ系エンジニアは、アプリ開発などのWeb系エンジニアと比べると報酬は低めになる傾向があるので、特別高単価の契約ではありません。 ) それでも、20代で同世代の一般的なサラリーマンエンジニアの給料と比較するとかなり高いんじゃないでしょうか。 僕も会社勤めしてた頃は毎月手取り17万4000円だったので、収入は実に3倍以上になっています。 さて今回は、エンジニアという職種はどういうものか気になる文系学生の方や、既にエンジニアとして活躍されているけど、フリーランスという働き方はどうなのか気になるという方向けに、 文系出身の僕がどのようにキャリアを歩んでフリーランスになったかをお伝えできればと思います。 少しでも参考になれば幸いです。 文系の僕がエンジニアを目指したきっかけ さて、文系出身の僕がエンジニアを目指したきっかけは、シンプルに「手に職」が欲しかったからでした。 文系出身の学生のほとんどは、営業とか、経理とか、総務とかで就職するわけですが、それは特に何のスキルがなくてもできます。 それこそ高卒でもできるレベルなので、せっかく大学を出ても過当競争に晒されることになります。 そんな市場で真正面から勝負するより、 文系のくせにプログラミングができて、一人で簡単なWEBサービスくらいならローンチできて、当然営業もできて、マーケティングもわかってるっていう人材になれた方が市場価値はぐーんと上がるはず。 そんなことを考えた結果、まずは手に職をつけるために技術者になろうと思いました。 僕が内定を獲得した会社は研修制度が整っていて、無経験の文系エンジニア大歓迎ということでした。 他力本願な僕は、内定期間中にも何のプログラミング関連の書籍も読まず、会社の研修制度に頼りまくろうと決意したんですよね。 自分で勉強するより教えてもらう方が時間効率良いので。 そして、就職してからおよそ8ヶ月の間、電卓なんかをプログラミングで作ったり、過去の実案件を同期のチームで開発しなおす演習をしたり、毎日毎日新しい技術に触れる日々を送りました。 そして全体研修終了後、C言語や、データベースに関する基礎的な知識は身につき、OJTの段階に入ります。 新入社員のうち、一部の優秀な同期エンジニアはこの頃すでに現場の第一線に配属され活躍していましたが、僕は可もなく不可もなかったので、まだ先輩に手取り足取り教えてもらっていました。 たまに、「アポなし訪問で名刺を配り散らす」という、エンジニアがやる意味が全くわからない営業研修があったのですが、それだけはまあまあ成績が良かったです。 雇われの壁にぶち当たる OJTはそこそこ楽しくやってはいましたが、大きな不満がありました。 それは、 驚くほどに給料が低いということと、労働時間が長いということでした。 自分の意思で給料の額や働く時間を決められないということに、窮屈さを感じるようになっていたのです。 冒頭に書いた通り、当時の僕は毎月手取り17万4000円で生活しておりました。 そこに週4ペースで猛烈な飲み会が行われていたので、とにかく全然お金が貯まらない。 関東ではじめての一人暮らしだったので、お金の使い方もわからなかった僕は散財しました。 このまま一生お金に困る生活を続けるのも嫌だと思い、当時思いつく限りの副業をはじめました。 就業規則ガン無視。 節約するという思考は全くなく、節約するくらいなら増やそうという思考でした。 文字通り、その方が生産的ですからね。 投資もしたし、CDのミキシングやマスタリング代行なんてのもしたし、ネットワークビジネスにも手を染めました。 今思えばアホです。 とはいえ、全力で取り組めば何かと結果が出るもので、半年ほど経った頃には、本業の収入の倍以上の収入が入ってくるようになっていました。 しかし、当時はまだ安定的に毎月入ってくる収入にはなっていませんでした。 低い時は月10万円くらいの時もあったし、生活の保障のため、本業をだらだらと続けていたある日のこと。 「僕が副業で稼いでる」という噂が人事部の耳に入ります。 突然、社内携帯で人事部から呼び出された僕は覚悟の上、ミーティングルームへ向かいました。 すると、案の定、「副業か本業どっちをとるのか」と詰められ、 「副業です!」と即答しました。 なんなら食い気味で。 サラリーマン1年目の2月末のことです。 副業収入はたしかに安定はしてないけど、わざわざ正社員として低賃金重労働やってる理由もないなと思い、転職を決断することになります。 派遣社員となり、スキルを蓄積 突然の事実上のクビ宣告に、急ピッチで転職先を探すことになります。 当時は、たまたまさらっとググって見つけた という転職エージェントを活用したところ、まさに秒で案件を見つけてきてくれて、なんと2週間で転職を成功させてしまいました。 しかも、某大手商社系SIerのインフラ系エンジニア枠で、これはかなりスキルアップできそうということで即決。 一部始終はこちらで。 そして、当時の時給は1800円。 手取りは大体月で25万円ほどになっていたので、それでも前職の17万円よりマシでした。 20代中盤なら、収入は「派遣>正社員」となることが多々あることがわかりました。 ただし、インフラエンジニアとしてのスキルは当時ゼロ。 前職で半年間学んだコーディング技術は何の役にも立たず、いきなりルーターとかスイッチをデータセンターまで持って行ってラックマウントしたり、LANケーブルの配線をしたり、わけがわからずただ命令されることを淡々とこなす日々が半年ほど続きました。 インフラ系エンジニアの方ならわかると思いますが、インフラは非常にシビアな業務が多いです。 ケーブルを一本抜き間違えたら大惨事なんてことも多々。 僕も仮想サーバの電源を間違えて本番機のものを落としてしまい、こっぴどく怒られたりもしました。 ですが、当時の職場環境は本当に素晴らしく、何も経験のない若造の僕を丁寧に育ててくださいました。 めっちゃいい人たちだった。。 このご恩は忘れません。 そして、インフラエンジニアになってから2年間の経験を積んだ後、満を持してフリーランスになることを決意します。 自分のスキルの市場価値に気づく 当時、僕は自分のスキルを過小評価していました。 というのも、月収25万円とかだったので、いくら独立しようがせいぜい月収10万円アップでもすればいいところかなと思っていたんです。 それでもフリーランスになってみたかったのは、もっと色んな現場で最新の技術を学んでいきたいという意思があったからでした。 フリーランスという環境は甘くはありませんが、自分なら環境に順応していけると思ったし、その自身も派遣社員を経験して身につけることができました。 というわけでフリーランス専門の最大手エージェント「 」に案件を探してもらったところ、 「今の自分のスキルなら倍以上の収入を得てもよい」ということを知るわけです。 最初に提示された案件の単価は、61万5600円でしたからね。 たまげました。 これだけは言い切れますが、 エンジニアの方は今すぐ独立しようという意思がなくても、絶対に一度カウンセラーに自身の市場価値を分析してもらった方が良いです。 自分の正確な市場価値を知れて、世界が広がると思います。 ここに、僕がこれまで利用してきた最強のフリーランス専門エージェントをまとめておいたので、これからフリーランスエンジニアを目指される方はぜひ参考にしてみてください。 もしくは、30代後半の熟練エンジニアにのみ許された聖域みたいな感じかなと。 ところが事実はそれとは全く異なり、 僕みたいなたかだかキャリア2年程度の若造エンジニアでも簡単に独立して年収800万円クラスになれちゃったんですよね。 初心者でもRuby、Ruby on railsあたりを本気で勉強すれば1年で独立できる人も最近増えてます。 いま、エージェント企業の営業力ってめっちゃすごいんですよ。 大手なんかは全国各地に数千件の案件抱えてたりしますからね。 また、世間は圧倒的なエンジニア不足です。 エンジニアにとってはこの上ない売り手市場なんですよ。 こういうのは、一歩行動を起こしてはじめて見えてくるものだったりしますね。 正直、サーバーサイドの知識などはフリーランスとしてやっていくには不安もありました。 しかし、 ちょっと不安なくらいでも飛び込んで、環境に馴染んでいった方が成長は圧倒的に早いわけです。 文系出身で、たった2年のインフラ関連のキャリアしかなかった僕ですら不満なくやれてるので。 全くの未経験ならさすがに厳しいでしょうが、現役エンジニアであれば、やってみてから考える精神で臨んで十分フリーランスとして通用すると思います。 多くの人が思っているほど、フリーランスは厳しい世界ではないんですよ。 普通にやってれば、仕事が途絶えるようなこともそうそうないし。 ワークスタイルだって、常駐型のフリーランスなら、普通のサラリーマンとぶっちゃけ変わらないですからね。 フリーランスになったからといって、自動的に環境が激変するというわけではないし、希望すれば、リモートワークや週3勤務などのフレキシブルな働き方も実現可能です。 結論、エンジニアはもっとカジュアルに独立するべきだと思います。 フリーランスになることで、労働時間は雇われの頃と比べると3分の2くらいになったし、サラリーマンの頃より負わされる責任の範囲も限定的になりました。 そして、何より交渉次第で自分で収入を決められる自由があります。 また、成果物さえ納品しておけば何も文句は言われないので、会社とドライな付き合いができて楽です。 それでも、フリーランス特有の「保証がない」という点を不安視する人は、サイドで収入をとっておけば問題ないと思います。 収入源を分散してリスクヘッジするんです。 ブログなんかもそういった手段の一つですね。 なんと働いてない期間も収入が得られるという。 もはや、「フリーは不安定」とか幻想かと思うくらい。 さいごに:考える前に独立してしまえばいい 僕も何かを始めようとする前にできない理由ばかり探しはじめがちなんですが、 どうせなら、やらない理由を探して決断するのではなく、やる理由を探して決断した方が結果的に良かったりするんですよね。 だって、自分がうまくいかない理由なんて考えれば考えるほど出てくるじゃないですか。 そんなものに振り回されていたら、いつまで経っても人生は変化していかなくないですか? 僕みたいな文系出身ロースキルエンジニアでも20代中盤で独立することができました。 僕より優れた技術者なんてごまんといるはずだし、彼らにフリーで通用しない理由がないと思うんですよね。 というわけで、もしサラリーマンという働き方に不満を持っているのであれば、新しい環境に目を向けられてもいいんじゃないかなと思うわけです。 きっとうまくいくはずだから。

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人付き合いが苦手なやつだけがわかる「あるある」50選

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開店中の神戸のパチンコ店に突撃 今回へずまが公開したのは、警察官ともみ合いになった日の動画。 ふざけんなオイ と叫ぶところから動画は始まります。 (モザイクはユーチュラで追加) 来店客にパチンカス!と叫ぶ 開店前の店先には、多数の客が並んでいます。 へずまの怒号に対し、店内から出てきたスタッフは「警察呼びますよ」と詰め寄りますが、へずまは「呼んでいいですよ」と意に介さず。 さらにへずまは列に並ぶ客たちに「お前ら並ばずに帰れ」と叫びます。 目を合わせず、無言の客たちを尻目に、へずまは なんで昨日休業指示が出とるのにお前営業しとんか。 おい、あり得んだろうが などとまくし立てます。 スタッフの男性は、へずまに撮影をやめるよう求め、顔を写すのは「肖像権の侵害」と指摘しますが、へずまはこれを無視。 休業指示が出ているにもかかわらず、営業を続けるほうがおかしいと主張し続けます。 やがて開店時間となり、客が次々と入店していくとへずまは、 パチンカス! お前らジャンキーやろうが!(中略) おらクソザコが! おらぁ! と客たちに向かって絶叫しました。 警察官が到着 その後、警察官が到着。 店員の男性は「不法侵入で訴えていいんですか」と警察官に尋ねますが、警察官は「うーん」と首をかしげ、 へずまは「不法侵入じゃないっしょ。 営業しとるのに」と反論。 お前頭悪すぎじゃろ。 脳みそも小せぇ気持ち悪い頭してからに と男性を罵倒します。 警察官から何かを求められたへずまは、「そういうのはできないんで」と言い、 自身を取り囲む警察官に対し 警察も店の味方ですかー! と興奮した様子で叫ぶ場面もありました。 「気持ちは分かる」と答える警察官も 落ち着きを取り戻したへずまは、警察官に対し、パチンコ店が営業しているのはおかしいと主張。 「警察としてはどうなんすか?」と投げかけますが、警察官は「警察が今とやかく言えることじゃない」「警察がね、できることは限られてますから」と答えます。 それでも「おかしいでしょ。 このままコロナが蔓延しちゃったらどうするんですか」と繰り返すへずまに、1人の警察官からは「気持ちは分かる」とへずまに寄り添う発言もありました。 へずまは最後に フェニックス、3店舗全部行くからな、じゃあの。 雑魚が。 てな感じでね と、フェニックスが経営する3店舗全てに突撃すると宣言して動画を終わっています。 たぶん訴えられるけど出します この動画の公開に先立つ5月4日の夜、へずまはツイッターを更新。 店とのトラブルが続いており、「たぶん訴えられる」と投稿しました。 へずまは、こうした状況を無視して今回の動画の投稿に踏み切ったようです。 緊急事態発生! パチ屋凸の動画出せるか分かりません。 今さっき警察から連絡があって今警察署にいます。 店とのトラブルが続いています。 たぶん訴えられるけど俺は出します。 今トイレですがもう戻ります。 時間が遅くなれば明日出します。 ぼったくりパチ屋が圧力かけてから調子に乗るなよオラ👍 — へずまりゅう 山口県観光大使 hezuruy その後、ツイッターでこの動画の拡散を呼びかけたへずまは、動画には広告は付けておらず、「金のためではない」とし、目的は「自分を売名するため」と語っています。 【重要なお願い】 — へずまりゅう 山口県観光大使 hezuruy なお、休業指示が出た時点で営業していたフェニックス系列の3店舗のうち、フェニックス新在家店は5月4日に休業に入ったもようです。 (関連記事「」).

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りゅうのあな

いく りゅう は ひとつ じゃ ない

どうも、文系出身フリーランスエンジニアのりゅうけんです。 僕は新卒で入社した会社を11ヶ月で辞め、派遣社員を2年経てフリーランスエンジニアに転身しました。 僕はいわゆる、「インフラ系エンジニア」といって、企業のサーバやネットワークを設計構築する仕事が主です。 インフラ系エンジニアは、アプリ開発などのWeb系エンジニアと比べると報酬は低めになる傾向があるので、特別高単価の契約ではありません。 ) それでも、20代で同世代の一般的なサラリーマンエンジニアの給料と比較するとかなり高いんじゃないでしょうか。 僕も会社勤めしてた頃は毎月手取り17万4000円だったので、収入は実に3倍以上になっています。 さて今回は、エンジニアという職種はどういうものか気になる文系学生の方や、既にエンジニアとして活躍されているけど、フリーランスという働き方はどうなのか気になるという方向けに、 文系出身の僕がどのようにキャリアを歩んでフリーランスになったかをお伝えできればと思います。 少しでも参考になれば幸いです。 文系の僕がエンジニアを目指したきっかけ さて、文系出身の僕がエンジニアを目指したきっかけは、シンプルに「手に職」が欲しかったからでした。 文系出身の学生のほとんどは、営業とか、経理とか、総務とかで就職するわけですが、それは特に何のスキルがなくてもできます。 それこそ高卒でもできるレベルなので、せっかく大学を出ても過当競争に晒されることになります。 そんな市場で真正面から勝負するより、 文系のくせにプログラミングができて、一人で簡単なWEBサービスくらいならローンチできて、当然営業もできて、マーケティングもわかってるっていう人材になれた方が市場価値はぐーんと上がるはず。 そんなことを考えた結果、まずは手に職をつけるために技術者になろうと思いました。 僕が内定を獲得した会社は研修制度が整っていて、無経験の文系エンジニア大歓迎ということでした。 他力本願な僕は、内定期間中にも何のプログラミング関連の書籍も読まず、会社の研修制度に頼りまくろうと決意したんですよね。 自分で勉強するより教えてもらう方が時間効率良いので。 そして、就職してからおよそ8ヶ月の間、電卓なんかをプログラミングで作ったり、過去の実案件を同期のチームで開発しなおす演習をしたり、毎日毎日新しい技術に触れる日々を送りました。 そして全体研修終了後、C言語や、データベースに関する基礎的な知識は身につき、OJTの段階に入ります。 新入社員のうち、一部の優秀な同期エンジニアはこの頃すでに現場の第一線に配属され活躍していましたが、僕は可もなく不可もなかったので、まだ先輩に手取り足取り教えてもらっていました。 たまに、「アポなし訪問で名刺を配り散らす」という、エンジニアがやる意味が全くわからない営業研修があったのですが、それだけはまあまあ成績が良かったです。 雇われの壁にぶち当たる OJTはそこそこ楽しくやってはいましたが、大きな不満がありました。 それは、 驚くほどに給料が低いということと、労働時間が長いということでした。 自分の意思で給料の額や働く時間を決められないということに、窮屈さを感じるようになっていたのです。 冒頭に書いた通り、当時の僕は毎月手取り17万4000円で生活しておりました。 そこに週4ペースで猛烈な飲み会が行われていたので、とにかく全然お金が貯まらない。 関東ではじめての一人暮らしだったので、お金の使い方もわからなかった僕は散財しました。 このまま一生お金に困る生活を続けるのも嫌だと思い、当時思いつく限りの副業をはじめました。 就業規則ガン無視。 節約するという思考は全くなく、節約するくらいなら増やそうという思考でした。 文字通り、その方が生産的ですからね。 投資もしたし、CDのミキシングやマスタリング代行なんてのもしたし、ネットワークビジネスにも手を染めました。 今思えばアホです。 とはいえ、全力で取り組めば何かと結果が出るもので、半年ほど経った頃には、本業の収入の倍以上の収入が入ってくるようになっていました。 しかし、当時はまだ安定的に毎月入ってくる収入にはなっていませんでした。 低い時は月10万円くらいの時もあったし、生活の保障のため、本業をだらだらと続けていたある日のこと。 「僕が副業で稼いでる」という噂が人事部の耳に入ります。 突然、社内携帯で人事部から呼び出された僕は覚悟の上、ミーティングルームへ向かいました。 すると、案の定、「副業か本業どっちをとるのか」と詰められ、 「副業です!」と即答しました。 なんなら食い気味で。 サラリーマン1年目の2月末のことです。 副業収入はたしかに安定はしてないけど、わざわざ正社員として低賃金重労働やってる理由もないなと思い、転職を決断することになります。 派遣社員となり、スキルを蓄積 突然の事実上のクビ宣告に、急ピッチで転職先を探すことになります。 当時は、たまたまさらっとググって見つけた という転職エージェントを活用したところ、まさに秒で案件を見つけてきてくれて、なんと2週間で転職を成功させてしまいました。 しかも、某大手商社系SIerのインフラ系エンジニア枠で、これはかなりスキルアップできそうということで即決。 一部始終はこちらで。 そして、当時の時給は1800円。 手取りは大体月で25万円ほどになっていたので、それでも前職の17万円よりマシでした。 20代中盤なら、収入は「派遣>正社員」となることが多々あることがわかりました。 ただし、インフラエンジニアとしてのスキルは当時ゼロ。 前職で半年間学んだコーディング技術は何の役にも立たず、いきなりルーターとかスイッチをデータセンターまで持って行ってラックマウントしたり、LANケーブルの配線をしたり、わけがわからずただ命令されることを淡々とこなす日々が半年ほど続きました。 インフラ系エンジニアの方ならわかると思いますが、インフラは非常にシビアな業務が多いです。 ケーブルを一本抜き間違えたら大惨事なんてことも多々。 僕も仮想サーバの電源を間違えて本番機のものを落としてしまい、こっぴどく怒られたりもしました。 ですが、当時の職場環境は本当に素晴らしく、何も経験のない若造の僕を丁寧に育ててくださいました。 めっちゃいい人たちだった。。 このご恩は忘れません。 そして、インフラエンジニアになってから2年間の経験を積んだ後、満を持してフリーランスになることを決意します。 自分のスキルの市場価値に気づく 当時、僕は自分のスキルを過小評価していました。 というのも、月収25万円とかだったので、いくら独立しようがせいぜい月収10万円アップでもすればいいところかなと思っていたんです。 それでもフリーランスになってみたかったのは、もっと色んな現場で最新の技術を学んでいきたいという意思があったからでした。 フリーランスという環境は甘くはありませんが、自分なら環境に順応していけると思ったし、その自身も派遣社員を経験して身につけることができました。 というわけでフリーランス専門の最大手エージェント「 」に案件を探してもらったところ、 「今の自分のスキルなら倍以上の収入を得てもよい」ということを知るわけです。 最初に提示された案件の単価は、61万5600円でしたからね。 たまげました。 これだけは言い切れますが、 エンジニアの方は今すぐ独立しようという意思がなくても、絶対に一度カウンセラーに自身の市場価値を分析してもらった方が良いです。 自分の正確な市場価値を知れて、世界が広がると思います。 ここに、僕がこれまで利用してきた最強のフリーランス専門エージェントをまとめておいたので、これからフリーランスエンジニアを目指される方はぜひ参考にしてみてください。 もしくは、30代後半の熟練エンジニアにのみ許された聖域みたいな感じかなと。 ところが事実はそれとは全く異なり、 僕みたいなたかだかキャリア2年程度の若造エンジニアでも簡単に独立して年収800万円クラスになれちゃったんですよね。 初心者でもRuby、Ruby on railsあたりを本気で勉強すれば1年で独立できる人も最近増えてます。 いま、エージェント企業の営業力ってめっちゃすごいんですよ。 大手なんかは全国各地に数千件の案件抱えてたりしますからね。 また、世間は圧倒的なエンジニア不足です。 エンジニアにとってはこの上ない売り手市場なんですよ。 こういうのは、一歩行動を起こしてはじめて見えてくるものだったりしますね。 正直、サーバーサイドの知識などはフリーランスとしてやっていくには不安もありました。 しかし、 ちょっと不安なくらいでも飛び込んで、環境に馴染んでいった方が成長は圧倒的に早いわけです。 文系出身で、たった2年のインフラ関連のキャリアしかなかった僕ですら不満なくやれてるので。 全くの未経験ならさすがに厳しいでしょうが、現役エンジニアであれば、やってみてから考える精神で臨んで十分フリーランスとして通用すると思います。 多くの人が思っているほど、フリーランスは厳しい世界ではないんですよ。 普通にやってれば、仕事が途絶えるようなこともそうそうないし。 ワークスタイルだって、常駐型のフリーランスなら、普通のサラリーマンとぶっちゃけ変わらないですからね。 フリーランスになったからといって、自動的に環境が激変するというわけではないし、希望すれば、リモートワークや週3勤務などのフレキシブルな働き方も実現可能です。 結論、エンジニアはもっとカジュアルに独立するべきだと思います。 フリーランスになることで、労働時間は雇われの頃と比べると3分の2くらいになったし、サラリーマンの頃より負わされる責任の範囲も限定的になりました。 そして、何より交渉次第で自分で収入を決められる自由があります。 また、成果物さえ納品しておけば何も文句は言われないので、会社とドライな付き合いができて楽です。 それでも、フリーランス特有の「保証がない」という点を不安視する人は、サイドで収入をとっておけば問題ないと思います。 収入源を分散してリスクヘッジするんです。 ブログなんかもそういった手段の一つですね。 なんと働いてない期間も収入が得られるという。 もはや、「フリーは不安定」とか幻想かと思うくらい。 さいごに:考える前に独立してしまえばいい 僕も何かを始めようとする前にできない理由ばかり探しはじめがちなんですが、 どうせなら、やらない理由を探して決断するのではなく、やる理由を探して決断した方が結果的に良かったりするんですよね。 だって、自分がうまくいかない理由なんて考えれば考えるほど出てくるじゃないですか。 そんなものに振り回されていたら、いつまで経っても人生は変化していかなくないですか? 僕みたいな文系出身ロースキルエンジニアでも20代中盤で独立することができました。 僕より優れた技術者なんてごまんといるはずだし、彼らにフリーで通用しない理由がないと思うんですよね。 というわけで、もしサラリーマンという働き方に不満を持っているのであれば、新しい環境に目を向けられてもいいんじゃないかなと思うわけです。 きっとうまくいくはずだから。

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