ウイグル 地区。 タルバガタイ地区

なぜ中国のウイグル人弾圧にイスラム諸国は沈黙するのか?

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中国新疆ウイグル自治区カシュガルで、巨大スクリーンに映された習近平国家主席=6月4日(AFP時事) 100万人以上のウイグル人が「強制収容所」で不当に拘束されているとされる中国新疆ウイグル自治区の現状はどうなっているのか。 強制収容所では拷問が横行し、在日ウイグル人が海外報道や関係者証言を集計したところ「施設内の死者は100人を超える」との情報もある。 在外ウイグル人は「中国当局は中国人と違う文化を消し、われわれを中国人にしようと狙っている」と絶望感を強める。 インターネットを通じて映像で登場した米国在住のウイグル人女性、メヒルグル・トゥルスンさん(29)は15年、滞在先のエジプトから生後45日の三つ子とともに里帰りした際、ウルムチ空港で突然拘束された。 子供と引き離され、強制収容された。 「暴力や電気ショックを受け意識を失い、注射や正体不明の薬を投与され、記憶力がなくなった。 施設内で9人の女性が死亡したのを目の当たりにした。 子供が重体と言われて仮釈放された際、三つ子のうち一人は遺体で引き渡された」。 18年まで計3回収容されたが、子供がエジプト国籍だったため同国政府の働き掛けで奇跡的に出国できた。 施設内では習近平国家主席の長寿を祈らされ、「共産党は神様だ」と強要された。 トゥルスンさんの家族・親族26人も拘束され、同じウイグル人の夫は、消息不明になった妻を捜そうとエジプトから新疆に入ったが、ウルムチ空港で拘束され、懲役16年の判決を受けた。 これに対して米国務省は今年3月、中国当局がウイグル人80万~200万人以上を拘束し、「宗教や民族の独自性を消去しようとしている」と非難している。 ウイグル問題を研究し、明治大での集会を企画した同大商学部の水谷尚子准教授は「強制収容所の拡大が伝えられたのは16年から。 以降、規模は爆発的に拡大している。 ウイグル人には火葬の習慣がないのに、17~18年には収容所近くに9カ所の大規模火葬場が建設された」と指摘する。 水谷氏や在日ウイグル人によると、中国当局は16年、ウイグル人に対して従来厳格だったパスポート発券要件を緩和。 多くのウイグル人が新疆から海外旅行などに出掛けたが、17年に入ると一転、海外に行ったり、海外に家族・親族がいたりするウイグル人が一斉に強制収容所に連れて行かれた。 海外の「テロ勢力」に関係していると主張し、不当拘束の口実にしている可能性がある。 在日ウイグル人の多くも、家族が強制収容所に入れられ、「連絡が取れなくなっている」という。 職業訓練など不必要なはずの学者や企業家、文化人らが多く収容されているのは、中国当局がウイグル知識人に警戒を強めている表れだ。 このほか新疆ではウイグル人家庭に中国当局者が監視のため寝泊まりしたり、イスラム教徒向けの「ハラル食堂」が閉鎖されたりしている。 子供が両親から離れ、寄宿学校に入り、中国語と中国文化を集中的に学ばされるケースも拡大。 新疆から「ウイグル」は消し去られようとしている。

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新疆ウイグル自治区とは

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この記事の目次• 新疆ウイグル問題とは? 中国の「新疆ウイグル自治区」を中心とした「ウイグル人」の独立運動をめぐる問題です。 新疆は、18世紀の中頃に清朝の領土とされ、1884年に省となりました。 中華人民共和国は、漢人以外の民族を55の「少数民族」として「民族の区域自治」で統治してします。 ウイグル人は、約1000万人以上いますが、そのうちの980万人以上が、新疆ウイグル自治区に住んでいます。 そして「新疆ウイグル自治区」では、19世紀のムスリムの蜂起、1930年代、1940年代の「東トルキスタン共和国」の樹立など、短期間ではありましたが、何回かの独立経験をもち、中国の辺境の地で、分離独立、高度な自治、あるいは人権を求める暴力事件が多発しています。 ウイグル人とは? ウイグル人の祖先は、いまのモンゴル国に打ち立てた、遊牧国家にさかのぼるとされています。 8世紀には、諸部族を統一してウイグル国をつくりましたが、天災やその他で崩壊し、バラバラになりました。 その後、西へと逃れた集団が、いまの新疆地区に移り住んで定住したのです。 1949年には、新疆地区の人口の4分の3を主要民族であるウイグル人が占め 約330万人 、漢人はわずか30万人でしたが、2011年時点の比率では、新疆全体で漢人が38%、ウイグル人が47%となっています。 ウイグル人収容所の報道 2019年、新疆ウイグル自治区で、イスラム教徒を中心とした少数民族にたいして、中国共産党政府が弾圧を強めているという報道が、欧米メディアを中心になされました。 厳しい取材規制のため、収容所の実態は、はっきりしていませんが、周辺関係者や国際人権団体によれば、100万人から150万人が、収容所に入れられたとなっています。 入手した内部文書からニューヨークタイムズは、この収容所は、中国共産党政府にとって「再教育キャンプ」と位置づけられ、習近平国家主席は、イスラム過激主義について「ウイルス」と同じようなものなので「痛みを伴う積極的な治療」でしか治せないと考えていると報じました。 そして、この問題の内部文書では、新疆ウイグル自治区に帰省した人々に、当局が家族の身柄を拘束していることについて、どう説明するかを指示していました。 拘束されている者は、過激主義の危険性についての「教育」を受けていて「法を犯した訳ではないが、まだ解放できない」と説明しろという内容でした。 また収容者たちは「誤った思想を捨て、中国語と仕事の技能を、無料で学ぶことができるこのチャンスを大切にするべきだ」と説明するようにも指示ていて、さらに、収容者の身柄解放はポイント制で決定され、家族の言動も点数に影響し得ると、警告するよう指導していました。 中国共産党はアメリカの「対テロ戦争」という言葉を都合よく取り入れて、習近平は、中国の当局者たちに対して「アメリカの9・11同時テロへの対応を手本にするように」とうながし、別の政府高官は、イギリスでの最近の複数のテロ事件は、政府が「安全保障よりも人権を優先させた」ことが原因だと主張しています。 内部文書の内容 この文書は、国際調査報道ジャーナリスト連合 ICIJ が入手しました。 2017年に、新疆ウイグル自治区の共産党副書記で、治安当局のトップだった朱海侖氏が、収容施設の責任者らに宛てた連絡文書では、• 「絶対に脱走を許すな」• 「違反行動には厳しい規律と懲罰で対応せよ」• 「悔い改めと自白を促せ」• 「中国標準語への矯正学習を最優先せよ」• 「生徒が本当に変わるよう励ませ」• 「宿舎と教室に監視カメラを張り巡らせて死角がないことを確実にしろ」 という、通達をだしていました。 そして、他の流出文書では、• 「生徒のベッド、整列場所、教室の座席、技術的作業における持ち場は決められているべきで、変更は厳しく禁じる」• 「起床、点呼、洗顔、用便、整理整頓、食事、学習、睡眠、ドアの閉め方などに関して、行動基準と規律要件を徹底せよ」• 「生徒には悔い改めと自白を促し、彼らの過去の活動が違法で犯罪的で危険な性質のものであることを深く理解させよ」• 「浅い理解や悪い態度、反抗心すらうかがえる者には、教育改革を実行し、確実に結果を達成しろ」 というように、収容者の生活が細かく監視、管理されている状況や、人格改造が目的ともとれる指示がされています。 そして、点数システムによる管理の指示もありましたし、外国の市民権をもつウイグル人の逮捕や、外国で暮らすウイグル人の追跡に関する明確な指示も読み取れました。 中国の反応 中国政府は、入所者たちは自発的に「過激思想」の撲滅を目指す施設に入っていると説明しました。 中国の劉暁明駐英大使は、この文書は偽物だとし、中国の施策は新疆ウイグル自治区の人々を守るためであり、同自治区では過去3年間、テロ攻撃は1件も起きていないと述べました。 さらに「当該地域は現在、社会的に安定し、民族集団もまとまっている。 人々は満足と安全を以前よりずっと強く感じ、生活を楽しんでいる」 「西側には、そうした事実を完全に無視して、新疆について中国を熱心に中傷している人々がいる。 彼らは、中国の国内問題に介入し、新疆における中国のテロ対策を妨げ、中国の順調な発展を妨害する口実を作ろうとしている」 と述べています。 アメリカの反応 2019年の9月、ポンペオ長官は「中国が新疆ウイグル自治区で行っている弾圧運動は、テロリズムとは無関係であると言うべきである。 これは、中国が自国民のイスラムの信仰や文化を抹消しようとする試みに関係しているのである」と見解を述べ、各国に、ウイグル人に対する中国の抑圧政策をやめさせるよう呼びかけました。 2019年10月、中国当局による新疆ウイグル自治区でのウイグル人弾圧に関連し、28の中国政府機関や企業への禁輸措置を発表しました。 これにより今後は、米政府の許可なしに、米企業から商品の購入ができなくなりました。 日本の反応 2019年12月、安倍総理は習近平国家主席と会談をおこない、香港情勢を非常に懸念していると述べるとともに、新疆ウイグル自治区については、国際社会が多大な懸念を抱いていると伝えました。 しかし、この安倍総理の発言は、アメリカの貿易戦争の動向を受けたものとの批判がでました。 そして、新型コロナウイルスの発生で延期となりましたが、2020年4月に習近平国家主席を国賓として迎えることに対しての批判もありました。 ただし、日本メディアの「新疆ウイグル自治区」に関する報道量は、世界のメディアと比較して少ないわけではありません。 ただし、質に関しては踏み込みにくい事情があったりします。 第一に、対外活動の諜報機関などもありませんので、内部文書のリークがされにくいし、真贋の判断も難しい。 第二に、現地取材でインタビューなどをすると、その協力してくれた者や、取りもってくれた者が、事情聴取や拘束される危険性があることを、当然ながら気にします。 第三に、あまり踏み込むと、ビザの発給停止や拘束、国際問題への発展などへの懸念があります。 こうした事情などがあって、日本のメディアは、あまり大々的に取り上げませんし、そもそも、内政干渉だという声もありますので、政府が「懸念」を越えて、大きな批判をするなどないでしょう。 たしかに、これは中国に限った問題ではなく「民族浄化問題」は世界各地で横行していますし、首を突っ込むのは、新たな火種を生みますので、難しい問題ですね。 アメリカも中国との「貿易戦争」がなければ、静観していた可能性が高いでしょう。 このような問題が表に出てくるのは、表立って国家として批判できない事情があり、諜報機関や外交官などのリークが多いのでしょうが、メディアが機能してるということなのかもしれませんね。 紛争地域や独裁国家などに、危険を冒していくジャーナリストに「やめといたらいいのに」とか「あんまり日本に迷惑かけるなよ」とか思っていた私ですが、遮断されている情報を、世界に発信するは重要だと思いますので、ある程度のコストはしかたないのかな・・・。 とか、言ってたら色んな人たちに、怒られそうですけどね。 それでは、今回の記事はここでおわりにします。 読んでくれた「あなた」本当にありがとうございました。

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新疆ウイグル自治区とは

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中国共産党が実施している、イスラム教徒のウイグル族への迫害は、2000年代に法輪功に対して実施された大規模な弾圧以来最悪の醜態となりつつある。 中国共産党が迫害を続ける理由について考察する。 マッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne) 中国のカシュガルでのストリートシーン( — 2018年11月6日に行われた中国に対する (Universal Periodic Review: UPR)において、「教育による改心」強制収容所 で約100万人のウイグル族を収容していることは、2000年代に行われた への弾圧に続く、 にとって最悪の醜態であるとされた。 中国の外交官と外務次官は、各国から次々と挙がる 迫害に対する非難の声に耳を傾けるよりしかなかった。 なぜ中国でこのようなことが行われているのだろうか? 簡単には2つの答えを挙げられるが、1つは間違っており、もう1つは不完全だ。 まず、中国共産党には宗教を嫌悪するきらいがあるから、といえる。 これは事実ではあるが、迫害を受けたウイグル族の数が近年、劇的に増加した状況を説明していない。 中国共産党の宗教嫌いは何も今に始まったことではない。 それではなぜ今、ウイグル族に対して、これほど大規模な取り締まりが行われているのだろうか? もう1つ考えられるのは、中国共産党がウイグル族の「分離主義」と「テロリズム」を恐れているから、というものである。 もちろんこの答えは党として目指す方向性に一致するし、中国共産党も、この説明を国際的なメディアや各国政府に遮二無二売り込んでいる。 中国共産党の望む成果が得られているとは言い難いが、一部のメディアではまだこの説明が繰り返されている。 これらの主張は真実に基づいてはいるが、中国共産党が として使う2つの偽りを提唱するために作り出されたものである。 中核にある真実とは、 にはイスラム原理主義を説くテロ組織がいくつか存在するということである。 この分野の統計はすべて、政治的な色づけがある数字だが、当局は、2000年以降に発生したテロ攻撃の犠牲者は700人強に上ると主張する。 ウイグル族は、その数字は誇張されている、と訴える。 けれども、テロ攻撃が何度か発生したことも事実である。 またウイグル族の中には、アルカイダに同情を寄せる者もいるうえ(アルカイダはその見返りに、ウイグル族を助けることをプロパガンダで謳い利益を得ようとしている)、「イスラム国」 IS)に加わったウイグル族も少数ながらいた(中国当局は300人とするが、)。 2009年、新疆ウイグル自治区の首都ウルムチで暴動が発生した。 ウイグル族が警察の残虐行為に抗議し、(当局の統計によると)197人(そのほとんどが漢民族)が命を落とした。 けれどもその後中国共産党が展開してきた暴力的な弾圧は、恐らくそれと同じぐらいの数の犠牲者を生み出してきた。 これらの事実から、中国共産党のプロパガンダは2つの誤った結論に帰結する。 第一に、ほとんどのウイグル族がテロリストに共感しているという点である。 この主張は証明する証拠も何もないのに、「教育による改心」強制収容所に百万人ものウイグル族を収容する大義名分に使われた。 実際には、ウイグル族のほとんどの指導者や組織は、テロリズムを断固拒否している。 第二の間違った結論は、新疆では恐怖で縛る政権を発足させて、人口の大多数を収監すればテロを根絶やしにできる、というものだ。 真実は、その真逆である。 ウイグル族の状況を研究している国際テロ学者の大半は、無差別な抑圧が続く現在の流れが、小規模で見向きもされないテロ集団が新疆で新兵の募集を可能にする最高の呼び水になってしまっている、と結論付けた。 また、中国共産党は、あらゆる形式の政権への批判や、地域の独立や自治を求めるすべての政治的な活動を、「テロリズム」に分類していることにも留意すべきである。 これは、通常の「テロリズム」の概念から外れたものだ。 事態のより深い理解には、ウイグル族について知る必要があろう。 「ウイグル族」は、8~9世紀にかけて存在した広大な帝国、回鶻(かいこつ)に属する人々を指した名称である。 中国の唐王朝が汗国(かんこく)を倒して征服したことで、ウイグル族は現在のモンゴルから新疆への大規模移住を余儀なくされた。 そこでもともと暮らしていた土着の人々との混血が生じ、10世紀からは徐々に への改宗が進んだ。 当時、「ウイグル族」という呼称はほとんど使用されておらず、トルコ系イスラム教徒が住んでいた地域は、ふつうアルタシャハル(「六城」)と呼ばれていた。 徒のジュンガル汗国(今日の新疆北部)は、17世紀にアルタシャハルを征服したことが、その地域の一部のイスラム教徒が中国の清朝と同盟を結ぶきっかけとなり、清はジュンガルに対して宣戦布告を行った。 一連の戦争が終わりを告げたのは18世紀、ジュンガルの虐殺(Dzungar Genocide)という出来事があったときだった。 その時、中国の弾圧、疾患や飢饉が原因で、50万~80万人のジュンガル人が命を落とした。 アルタシャハルのイスラム教徒は、ジュンガルの支配下から中国の支配下へと移り変わる。 一時期、ウズベキスタンの軍人で指導者のヤクブ・ベク(1820~1877年)が、この地域のイスラム教徒を集めて中国に対抗し、イスラム教国家を樹立した。 中国は1866年にベクを討伐し、1874年にその地域を併合して「新しいフロンティア」あるいは「新しい国境地域」を意味する「」と名付けた。 この段階では、「ウイグル族」という名称は、中世の回鶻の住民を指していたに過ぎなかった。 中国が「新疆」と呼んでいたイスラム教徒は、「トルコ族」、「ターバン頭」、または単に「イスラム教徒」と呼ばれていた者たちであった。 「ウイグル族」という呼称は、新疆の中国への併合に抗した動きの中で再び登場したもので、中国の植民地主義とその地域を「新疆」と呼ぶことに抵抗して、独立を求めた(彼らは「東トルキスタン」の呼称を望んだ)。 その味方となったのが、当時のソビエト連邦である。 「ウイグルスタン」は、近隣のキルギスタン、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンと同様、イスラム教徒が多数派を占めるソビエト連邦の属州にできると考えたのだ。 これは、ソビエトと中国の国民政府の間で、複雑な政治的、外交的、軍事的な緊張感を生み出した。 ソビエトの支援と保護を受けて、東トルキスタン共和国が独立国家として新疆で二度樹立された。 最初は1933~34年、そして二回目は1944~49年にかけてであったが、どちらも短命に終わった。 中国共産党が中国を掌握したことで、この試みは潰えるところとなった。 国家主席(1893~1976)は、新疆を「」と宣言したが、自治とは名ばかりで机上の空論に終始していた。 実際に中国の漢民族が大挙して新疆に移住するように送り込まれたが、統計情報は疑いの余地を残すものである。 新疆ウイグル自治区のウイグル族の数にも異論があり、研究者の中には中国国勢調査の860万人であると唱える人もいれば(カザフ族など、他に新疆ウイグル自治区に住むイスラム教徒の合計人口が1100万人)、海外のウイグル族の組織は1500万人であると主張する。 新疆の住民の総数は、2100万人である。 ほとんどのウイグル族は自分たちのことを「中国人」であるとは考えていない。 中国人とは異なる民族性、宗教、言語を持っているためで、ウイグル族のほとんどは中国語を全く話さない。 ウイグル族のほとんどが政治的に 「分離主義者」であるとか、中国からの独立を支持しているという証拠はないが、ここでも弾圧と迫害が明らかに分離主義に拍車をかけている。 余談だが、Bitter Winterは人権と に焦点を当てた雑誌である。 どの地域が中国に属しているか、といった政治的な問題については中立的な立場を取っている。 「新疆」は、この地域の最も一般的で分かりやすい名称として用いているに過ぎない。 ウイグル族の分離主義的な傾向が、過去十年余りの間でより顕著になったことを示す証拠はない一方、中国共産党がウイグル族を迫害している証拠は十分にある。 繰り返すが、問題は、その理由だ。 ほとんどの研究者は、その理由が政治的なものよりも宗教的なものにあると考えているが、私もそれに同調する。 鄧小平(1904~1997年)が、(わずかに)寛容な政策をとったため、中央アジア全土に影響を及ぼしたイスラム教の復活が新疆にまで波及することを許した。 同時に、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する取り締まりを強化することで、戦略的な要衝でソビエト連邦が支配する「ウイグルスタン」を立ち上げるプロジェクトが再燃してしまうかもしれないという恐れが、ソビエト連邦の崩壊を受けて消え去った。 国家主席が政策上、宗教全般に対して取り締まりを強化したことは、現在の状況を作り出す最後の一押しとなった。 ウイグルはなぜ迫害されるのか?「分離主義」への懸念という側面もありうるが、根底には、強いイスラム教の復権が政権を脅かさないかと恐れているからである。 中国共産党は、今も昔も、イスラム教徒が力を復活させれば、ウイグル族以外の部族にイスラム教が拡大、宗教全体が活力を取り戻してしまい、各宗教の信者が力を合わせて中国共産党の支配を凌駕する日が来るのではないか、と恐れているのである。 論理的な結論としては、迫害の理由は純粋に宗教的なものではないが、ウイグル族は本当に宗教的な迫害を受ける被害者なのだ。 マッシモ・イントロヴィーニャ氏( 、1955年6月14日、ローマ生まれ)はイタリア人の宗教社会学者です。 の研究者の国際的なネットワーク「Center for Studies on New Religions(新宗教研究センター: )」を設立し、理事長を務めています。 イントロヴィーニャ氏は宗教社会学の分野で70冊の著書と100本以上の論文を発表してきました。 (イタリア宗教百科事典)の主要著者の1人でもあります。 また、イントロヴィーニャ氏は、(宗教研究の学際的ジャーナル)の編集委員であり、カリフォルニア大学出版による「 」の理事でもあります。 2011年1月5日~12月31日にかけては、 (OSCE)の「キリスト教徒およびその他の宗教の信者への差別に着目した、人種差別、排外主義、差別の根絶活動の代表者」を務めました。 そして、2012~15年には、世界規模での信教の自由に関する問題を監視するために、イタリア外務省が設置した「信教の自由の監視」委員会の議長を務めました。

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