銀河 鉄道 の 夜 舞台。 「賢治・星めぐりの街」:「銀河鉄道の夜」のイメージ舞台/「銀河鉄道」のモデル

いるかHotel vol.21『破稿 銀河鉄道の夜』

銀河 鉄道 の 夜 舞台

宮澤賢治の描いた『銀河鉄道の夜』 宮澤賢治の代表作のひとつでもある『銀河鉄道の夜』。 「もちろん知っている」という人も、「たしかに読んだことはあるはずなんだけど、どういう話だったか覚えていない」という人もたくさんいると思います。 かなり端折って説明すると、主人公のジョバンニが親友カムパネルラと一緒に「銀河鉄道」に乗って、銀河をめぐる旅をする話です。 特に日付の記載はありませんが、物語に登場する星座から、初夏から初秋にかけての物語だといわれています。 少年の心の揺れ動き、そしていうまでもなく、宮澤賢治の描く銀河の情景を楽しむことができる作品です。 天の川と銀河 宮澤賢治の描く『銀河鉄道』は「天の川」に沿って走っています。 ところで、みなさんは「天の川」が何かご存じでしょうか? 天の川は「銀河系」と呼ばれる、数千億個の星の集まりです。 そして、私たちが暮らす地球のある太陽系も、この「銀河系」の中にあります。 銀河系は真上から見ると大きな渦巻き型をしていますが、横から見ると凸レンズのような形をしていて、ちょうど太陽系から銀河系を眺めると、ひらべったい帯のような形に見えます。 これが私たちが見ている天の川なのです。

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「銀河鉄道999」と「銀河鉄道の夜」の関係

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宮澤賢治の描いた『銀河鉄道の夜』 宮澤賢治の代表作のひとつでもある『銀河鉄道の夜』。 「もちろん知っている」という人も、「たしかに読んだことはあるはずなんだけど、どういう話だったか覚えていない」という人もたくさんいると思います。 かなり端折って説明すると、主人公のジョバンニが親友カムパネルラと一緒に「銀河鉄道」に乗って、銀河をめぐる旅をする話です。 特に日付の記載はありませんが、物語に登場する星座から、初夏から初秋にかけての物語だといわれています。 少年の心の揺れ動き、そしていうまでもなく、宮澤賢治の描く銀河の情景を楽しむことができる作品です。 天の川と銀河 宮澤賢治の描く『銀河鉄道』は「天の川」に沿って走っています。 ところで、みなさんは「天の川」が何かご存じでしょうか? 天の川は「銀河系」と呼ばれる、数千億個の星の集まりです。 そして、私たちが暮らす地球のある太陽系も、この「銀河系」の中にあります。 銀河系は真上から見ると大きな渦巻き型をしていますが、横から見ると凸レンズのような形をしていて、ちょうど太陽系から銀河系を眺めると、ひらべったい帯のような形に見えます。 これが私たちが見ている天の川なのです。

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いるかHotel vol.21『破稿 銀河鉄道の夜』

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まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした」 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より — Kouji Ohnishi 大西浩次 koujiohnishi 宮沢賢治は、子供たちに向けた数多くの詩や童話をこの世に残してくれました。 ただ、実はその作品の多くは、宮沢賢治が亡くなった後にこの世に出てきたものなのです。 「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治の代表作だと思いますが、この作品も宮沢賢治が37歳の時に急性肺炎でこの世を去った後に発表されたものです。 宮沢賢治は「銀河鉄道の夜」の原稿を書きかけのままで遺しました。 その原稿は4つあったと言われています。 この4つの原稿は、度重なる推敲が重ねられ、膨大な量になっていたといいます。 この遺稿を、専門家たちが綿密に調査し、推敲がもっとも後とされる第四次稿を最終的な原稿としたのです。 現在出版されている「銀河鉄道の夜」は、この最終形をベースにしているものがほとんどのようですね。 銀河鉄道の夜 あらすじ 主人公のジョバンニは貧しい学生で、活版印刷所でアルバイトをしながら病気の母を看病している。 父親は漁に行ったきり帰って来ない。 孤独な彼は同級生からよく馬鹿にされるが、親友のカムパネルラだけは違った。 「星祭」の夜、ジョバンニが母のために牛乳をもとめて歩いていると、銀河の祭りに向かう同級生たちに遭遇する。 いじめっ子のザネリが彼のことをからかい、そこにいたカムパネルラは気の毒そうに下を向いていた。 ジョバンニはひとりで町のはずれに向かう。 ジョバンニが丘の上で孤独に夜空を見上げていると、突然「銀河ステーション、銀河ステーション…」とどこからともなく聞こえてくる。 次の瞬間、彼は銀河鉄道に乗っていた。 そしてそこにはカムパネルラもいた。 牛の祖先の化石を発掘する大学士や鳥捕りの男と出会いながら、銀河鉄道の旅は続く。 途中で「氷山に衝突して沈んだ船に乗っていた」という子どもと青年が乗り込んで来た。 天上であるサウザンクロスに着くと、他の乗客は皆降りてしまい、ジョバンニとカムパネルラは2人になった。 彼らは「本当のみんなの幸せのために歩もう」と誓う。 しかし暗黒星雲を見たカムパネルラは、「お母さんがいる」と言って消えてしまう。 ジョバンニは丘の上でひとり目覚める。 牛乳をもらって川へ向かうと、カムパネルラが溺れたザネリを助け、そのまま行方不明になっていることを知る。 また自分の父が帰ってくることを知り、彼は母の待つ家に向かって走り出す。 今、廃線旅にどっぷり浸かっている六角精児に、その映像を見てもらうと「これはすごい! 」と大興奮! ロマンあふれる岩手県の「何だコレ」をお送りする! "湖に沈む"、"石積み"。。。 岩手軽便鉄道は、現在のJR釜石線ですが、以前から「銀河鉄道の夜」のモデルと言われていた路線です。 その廃線で"湖に沈む"、"石積み"に当てはまるのが、【足ヶ瀬橋梁跡】というわけです。 童話「銀河鉄道の夜」に以下の一節があります。 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、 ジョバンニの乗っているちいさな列車が走り続けていたのでした。 ほんたうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、ちいさな黄色の電燈のならんだ車室に、 窓から外を見ながら座っていたのです。 『銀河鉄道の夜』より これってもしや岩手軽便鉄道の跡…? 足ヶ瀬駅の橋? — 黒い森山猫 kuroimoriymnk 【足ヶ瀬橋梁跡】は、岩手軽便鉄道ファンなら見逃せない場所と言われていて、雪解け時期や豪雨などで増水した時は、その姿を見ることが出来ないそう。 写真ではダム中央にある橋脚の根元付近とそれに続く軌道堤のみのが撮られていますが、現地にはもう一つ橋脚があるそうです。 この幻想的で美しい風景。 残して欲しいですね。 また、岩手軽便鉄道には、通称「めがね橋」といわれる【宮守川橋梁】があります。 ここも「銀河鉄道の夜」のモチーフになったと言われています。 [生]1896. 岩手,花巻 [没]1933. 花巻 詩人,児童文学者。 1918年盛岡高等農林学校卒業。 家業に従事中,日蓮宗の熱心な信者となり,布教のため上京, 『どんぐりと山猫』 1921 ,『かしはばやしの夜』 21 など童話数編を書いた。 しかし発表の機会がないまま帰郷して 24年童話集『注文の多い料理店』および詩集『春と修羅』を自費出版。 凶作と不況にあえぐ農民に稲作指導をしつつ天衣無縫の詩才を育てたが病弱のため夭折。 没後,草野心平に発掘され,その豊かな空想性とユーモア,宗教性,土着性,科学精神などの交錯する世界が注目を浴びた。 ほかに童話『銀河鉄道の夜』 27頃 ,『グスコーブドリの伝記』 32 ,詩『雨ニモマケズ』 31 など。 」 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より — Kouji Ohnishi 大西浩次 koujiohnishi 「銀河鉄道の夜」は未完成のまま現在に至るわけですが、宮沢賢治がこの物語で使えたかったことって何だったんでしょう? この物語は「本当の幸せ」がテーマです。 実際、5つの場面で、本当の幸せについて11回も言及しています。 主人公であるジョヴァンニが、母の看病に苦労し、同級生にいじめられる中で「銀河鉄道」が教えてくれたこと、友人「カムパネルラ」の行動から、 「本当の幸せ」について考え、それは何なのかを意識する。 その心の成長を描いている作品とも言えると思います。 そしてジョヴァンニが行きついた答えは、「他の人の幸せのために生きること」。 これが「本当の幸せ」。 物語の中でジョヴァンニはこう言っています。 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、 どこまでもどこまでも一緒に行こう。 僕はもうあのさそりのように本当にみんなの幸(さいわい)のためならば 僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。 」 (『銀河鉄道の夜』より引用) このあと現実の世界に戻っラカムパネルラは、友人ザネリを助けるために死んでしまいます これはもちろん物語としての象徴的な表現ではありますが、 宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」という童話で子供たちに伝えたかった「本当の幸せ」は、「誰かを助けることができること」だったのかな、という気がします。 まとめ 府中市郷土の森博物館 プラネタリウム(東京都)にて、好評につきKAGAYAスタジオの全天映像「銀河鉄道の夜」の再上映が始まります。 多くの人が一度は読んだことのある童話かもしれませんね。 久しぶりにもう一度読み返して、その神秘的な世界観と、舞台となった岩手軽便鉄道、そして宮沢賢治に思いを馳せてみるのもいいかもしれません。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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