風 が 強く 吹い て いる pixiv。 風が強く吹いている

#風が強く吹いている #腐向け 喉笛

風 が 強く 吹い て いる pixiv

玄関を抜け、手を洗うために洗面所へ向かう。 その途中、ちらりと覗いたリビングで、灰二はソファに座って本を読んでいるようだった。 もう、見慣れた光景。 「ただいま」 「おかえり」 声を掛けると、本から目を離すこともなく灰二が答える。 予定では灰二は今日、飲み会で遅くなると言っていたはずなのに、どうしてこんなに帰宅が早かったのだろう。 ダイニングのテーブルに既に料理が並んでいること、帰ってから一度も目が合っていないことが重なって、かすかな違和感を覚える。 ソファの横に立つと、ようやく灰二が文庫本を伏せて見上げてくる。 吸い寄せられるようにかがみこんで口づけた。 「……なに、いきなり」 「いえ、別に。 だめでしたか?」 「だめでは、ないけど」 灰二の様子がどこか落ち着かないように感じるのは、なにかあったからではないか、と勘繰ってしまう。 そう、今日の練習のとき、グラウンドで見た〝えらいひと〟。 にこやかに話す灰二の声までは聞こえなかったけれど、その手はずっと〝えらいひと〟に握られたままだった。 肉付きがいい割にはちっとも柔らかくなさそうな手が、灰二の華奢な手を握手のかたちに握ったまま離さず、時折もう片方の手で甲を撫でる。 思い出して、自分がそうされたかのように鳥肌が立った。 ずいぶん早い帰宅、なぜかいつもより品数が多いように見えたキッチンの料理たち。 それは、グラウンドで見たあの光景と何か関係があるのではないか。 「今日、早かったんですね」 「うん、まあ」 「飯、ありがとうございます。 なんか、豪華じゃないですか?」 「そうかな」 走の質問に、灰二はまた本に目を落としながら答える。 やはり、それとなく聞き出そう、なんてのが通じる相手ではない。 ここは直球で訊くしかない、だって気になるから。 灰二がモテるのはずっと昔からだ。 学生時代は女子生徒から、今は女子社員から。 ちらちらと秋波を送られているのには、さすがの走でも気づく。 でも、その端正な外見と巧みな話術が惹きつけるのは異性だけではない、と気づいたのは、最近のことだ。 まだ左手で文庫本をめくっている灰二の隣に腰を下ろし、右の手を取ってきゅっと握る。 その指先は、少し冷たい。 「昼の人。 誰ですか、あれ」 質問の意図に気づいたのだろう、灰二が、ふう、と重いため息を吐き出す。 「見てたんだな。 スポンサーの、まあけっこう上のほうの人だよ」 「あの人たちと飲み会、っていうことじゃなかったんですか」 「行かなくてよくなった」 やっぱり詳しく話す気はないらしいが、おおかた、グラウンドでの様子を見た上の人間が、灰二を遠ざけるように図らってくれた、というところだろう。 実は、前にもそんなことがあったと聞いたことがあるし。 握った手をぶらぶらと弄びながら、考える。 別に、灰二が〝えらいひと〟 にどうこうされてしまう、みたいな、漫画のような展開があるとは思っていないし、まして、灰二が〝えらいひと〟に心変わりしてしまうかも、なんて考えているわけでもない。 ただ、嫌なものは嫌なのだ。 灰二に不快な思いをしてほしくないというのは、もちろん。 あとは、誰かに邪な意図をもって触れられている灰二を見たくない、という幼稚な独占欲。 結局、返す言葉を見つけられず、手を握ったまま灰二の肩にごろんと頭をもたせ掛ける。 髪が首筋に触れてくすぐったいのか、灰二が笑いながら頭を振った。 「どうしたんだ」 「別に。 あんたが甘えてくれないから、俺が甘えてます」 ふふふ、と笑った灰二が、ようやく文庫本を閉じる。 そして、重なった手がぎゅっと握り返された。 今度はため息ではない、身体の空気が抜けるような長い息を吐いて、灰二が笑う。 「走はすごいなぁ」 「何がですか」 「触るだけで人を癒せるんだぞ。 握手だけで人のやる気を根こそぎ奪うようなおじさんだっているっていうのに」 思わず顔を上げると、優しい笑顔があった。 「ありがとう、走」 「なんにも……なにも、できなくて、俺」 「ん? 充分だよ」 握った手が、絡めるやり方で繋ぎ直される。 「……料理いっぱい作ってメンタル回復してくれるのもいいですけど、ちょっとは俺のことも頼ってくださいね」 テーブルにちらりと目をやってから言うと、バレてた、と灰二が笑う。 「きみは、あんまり嫉妬させると、すぐセックスがしつこくなるから」 吹き込まれた予想外の言葉に、ざっと顔が熱くなる。 「し、っと、じゃなくて、心配してるんですけど!」 「うんうん、そうだな、悪かった」 ちっとも悪いと思っていなさそうな返事が憎たらしい。 でも、このぶんなら心配したほど深刻な状況でもなさそうだ。 重なった指ももうすっかりあたたかい。 話す必要がないとあなたが思うなら、それでもいい。 もし本当に、俺がそばにいるだけであなたの心が軽くなるのなら、俺はいくらでもそばにいる。 そこは許してもらわないと。 「……キスしていいですか?」 「だめ」 「なんで」 「もう夕飯にするから」 たくさん作ったからな、と笑う灰二に食い下がる。 「一回だけ」 「一回、ってなんだ」 「一回は一回です、唇がくっついて、離れたら一回」 灰二の脚を膝でまたいで乗り上げ、その琥珀色の瞳を見下ろすと、諦めたらしい灰二が軽く息を吐いて身体の力を抜く。 「本当に一回だな?」 「はい。 なので、息、思いっきり吸ってください」.

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正直、強く風が吹いている(

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[chapter:sun shower] 車を停め、ギアをパーキングに入れる。 サイドブレーキを引こうとして、一瞬、手が迷った。 レンタカーだから、普段会社で乗っているものとは位置が違っている。 借りる際に、装備の一通りの説明は受けてきたが、習慣とはすぐには直らないから習慣というのだ。 乗り慣れた実業団所有のバンはもともとが中古車だったそうだから、なかなかの年季ものだ。 このレンタカー然り、最近の車はエンジンをスタートさせるのもボタンだし、ぎいぎい引き上げるサイドブレーキもない。 オレンジ色のランプがついたパーキングブレーキボタンを押して、シートベルトを外す。 すると、助手席に置いていた鞄の中で、スマートフォンが鳴動した。 取り出したその画面には、『蔵原走』の文字。 「もしもし、走」 「おはようございます。 朝早くからすみません」 「起きていたから大丈夫だよ。 どうかしたか?」 「ちょっと……声が聴きたくなって」 走は今、短期ではあるが国内で高地合宿中だ。 普段ならコーチとして帯同することもあるのだが、今回は別件で出張が重なり、他のコーチに任せることとなっている。 「合宿、まだあと一週間あるだろう。 里心がつくには早いんじゃないか?」 「いいでしょ、別に」 からかうように言うと、少し拗ねた声音が返ってくる。 でも、わかる。 合宿は順調そうだ。 声に張りがあって、自信が見える声。 「順調そうだな」 「そう思いますか?」 「うん。 わかるよ」 「ほんと、ハイジさんは何でもわかるんですね」 笑う声の合間に、ざりざりと砂を踏む音がする。 外を歩きながら電話をしているのだろう。 「さっき、宿の周りを少し流してたんですけど、天気雨で」 「うん」 「そしたら、ハイジさんの声が聴きたくなったんです」 「それは、どういう心理だ」 「なんか、季節とか天気で誰かを思い出すことって、ないですか」 「例えば?」 走の言うことは充分によくわかったけれど、走がどんな風に感じているのかを、走の言葉で聞いてみたかった。 だから、続きを促す。 「例えば……春になってちょうちょが飛んでるのを見ると、王子さんも最初はちょうちょと競ってたな、って思うでしょ」 そういえば、そんなこともあった。 声を出して笑うと、走も笑う。 しかし王子はそれでも、最終的には箱根一区の21.4㎞を走り切ったのだから、本当に大したものだ。 「あと、春に走ってると、神童さんやムサさんを思い出すことが多いです。 穏やかな、あったかい感じ」 そうだな、わかるよ。 穏やかで、でも明るいふたりのイメージ。 「キングさんは意外と夏です。 派手なシャツのイメージかな」 意外だが、言われてみると確かに頷ける。 シャツについては、そんなのどこで買ったんだ、ってユキによく突っ込まれていたっけ。 「晴れた陽射しの強い日には、双子を思い出すし」 双子の明るさは、確かに太陽みたいだ。 ちょっと眩しすぎて、遮るものが欲しいくらいのときもあるが。 「寒くなってきたら、ユキさんを思い出します」 名前のイメージからも、白い肌からも、容易に想像ができる。 箱根を走ったのも、雪の日だったな。 「ニコチャン先輩が曇天のイメージなのは、タバコの印象でしょうね」 走としては、タバコをやめてからのニコチャンとの付き合いの方が長いのだから、吸っているところを見たこともそんなには多くないはずなのに。 あだ名のイメージとは恐ろしい。 「それで、俺は?」 「そう、それでハイジさんは天気雨」 「どうして」 「うまく言えないんですけど……」 言葉の途中でふと声の調子が変わって、空を見上げたのかな、と思う。 「暗くて冷たい雨じゃなくて、光にきらきらしていて、きれいで、ちょっと儚い」 「……それだけ聞くと深窓の令嬢みたいだぞ」 儚い、なんて言葉が、走の口から出てくるなんて意外だった。 悪い意味で言っているわけではない、というのはわかるが、どうも自分の辛気臭い性格をうっすら見破られている感が否めない。 苦笑しながら、車のドアを開けて外に出る。 「あ、あと、ハイジさんって、虹掛けられそうなところあるじゃないですか」 「……全然わからん」 「虹出して、って言われたら出せそうってこと」 「出せないよ、俺を何だと思ってる」 砂利道を踏みしめながら、太陽が昇ってきている方角へ足を向ける。 早朝のひんやり澄んだ空気と、時折頬に当たる雨が心地よい。 「天気雨の、止んだあとに何かがありそうな感じ……が、ハイジさんの、いつも何か企んでる感じと似てるのかな」 「失礼だな!」 笑いながら突っ込みを入れると、その声が届いたのか、少し先の開けた場所に立っていた人物が、弾かれたように振り返る。 スマホを耳に当てたまま。 「……ほら、そういうところですよ」 近づいてきた走の声が、受話口と直接の両方で聞こえた。 「どうして、出張は?」 「一件は終わったけど、もう一件が立ち消えになったんだ。 だから休みをもらった。 つまり仕事じゃないぞ、ただの陣中見舞いだ」 向かい合って、ようやく通話を切る。 久しぶりに会うその身体を思いっきり抱きしめたかったが、チームの皆も来ているのだ。 どこで誰に会うかわからない。 走も同じことを考えたのだろう、伸ばしかけた手を途中で止める。 「……まだ少し降ってたんですね」 途中で行き場を失った指が、前髪についていたしずくを弾く。 「うん、少しだけ。 天気雨」 答えると、やわらかく走が笑った。 その背後から朝陽が射して、走の身体の輪郭を黄金色にふちどる。 「あ、」 灰二の背後に目をやった走が声を上げ、つられるように後ろを振り返った。 「ほら、出せるじゃないですか」 そこには、うっすらと、空との境目があいまいな虹が浮かんでいた。 「……急だったから、小さいのしか出せなかったけど」 「やっぱり、思った通り」 歩き出した走を追いかけて隣に並ぶと、肩が触れた。 のし掛かるように押し付けると、同じ力で押し返される。 笑い合って、虹に向かって、ふたりで歩く。 [newpage] [chapter:you and me] 「そうだ、ハイジさん」 「え?」 電話の向こうで神童が発した言葉を、走は思わず聞き返す。 「ああごめん、カケル。 ちょっとぼんやりしてて、間違っちゃった」 「あの、神童さん、もし疲れてるなら今日じゃなくても大丈夫ですよ」 元アオタケ住人たちの定例イベントである花見の打ち合わせをしよう、と電話をしてきたのは神童だった。 メンバーが全員寛政大を卒業し、それぞれの道に進んで数年が経った今も、この花見だけは全員参加のもと続いている。 幹事は年ごとに交代で、今年は神童と走の番だ。 しかし毎年のことだから、ほぼ確認のみで、急いで決めなければいけないことなどない。 「いや、違うんだ。 本当にちょっとぼんやりしていただけ、大丈夫。 ありがとね」 いつも気づかいと感謝の言葉を忘れない、ふたつ年上の彼の声は、あの頃と少しも変わらず穏やかで優しい。 驚くほど芯は強いのに主張はしない(ただし素面のときに限る)、彼の柔軟なたたずまいは、一緒にいるものの心を和らげてくれる。 だからつい、通話が長くなってしまうのだ。 日曜の午後の気持ちの余裕も相まって、コンビニから家までの帰途で受けたこの通話も順調に長引いていた。 実はもう、マンションの前まで帰り着いてしまっている。 部屋に入っても良かったのだが、冬の気配を上書きしていく爽やかな晴天が気持ちよくて、そのまま壁にもたれて話を続けた。 「そういえばこの間、ジョージと話してるときにも『ハイジさん』って呼ばれたんです」 「そうなんだ?」 「あいつなら、先生に『お母さん』って言っちゃいそうなとこあるんで、不思議ではないんですけど」 ジョージはともかく、神童がそんな間違いをするとは思えず、体調が悪いのではと思ったのだ、と明かす。 走のジョージに対する物言いに、ひどいな、と神童は優しく笑う。 「ねえカケル、ジョージに、どうして間違えたか聞いた?」 「いえ……でも、『なんでだろう?』って言ってました」 こっちが聞きたい、と突っ込みを入れたことを思い出す。 ジョージらしいね、と神童が言う。 「カケルは、ハイジさんと付き合って何年になる?」 「え?! 何、ですか、急に」 突然の質問に、慌ててスマホを取り落としそうになったが、なんとか持ちこたえた。 「もう十年近くになるよね」 神童は走の動揺にも構わず、マイペースに自分で結論を出していた。 「はい、まあ」 それ以外になんと言っていいものかわからず、もごもごとそれだけ答える。 灰二と走が恋愛関係にあることは、アオタケのメンバーなら全員知っていることだ。 しかし彼らはそれを知った上で、とりたてて話題にすることもなく、もちろん反対することもなく、ただ〝そういうもの〟として受け入れてくれている。 だからこうして、会話の中で直接ふたりの関係に触れられると、妙に照れくさい。 たぶん、こちらの動揺は伝わっているだろう。 それを吹き飛ばすような明るい声で、彼は続ける。 「十年だよ。 似てきて当然だと思わない?」 「……はぁ」 ……誰が? 俺とハイジさんが? 「ピンときてない、って声だなぁ」 いや、だって。 灰二のような穏やかで力強い話しかたも、豊富な語彙も、自分にはない。 そもそも、神童に対してくだけた口調で話す灰二と敬語を使う走、言葉遣いからして違っているのに。 すると、走の眉間の皺をどこかから見てでもいるように、神童が笑った。 「声とか話しかたが似てきた、ってわけじゃないから、自分ではわからないかもしれないね。 神童の、かなりざっくりした説明を頭の片隅に置きながら、灰二の話しかたを思い浮かべてみるが、やっぱり自分ではよくわからなかった。 自分が灰二に似ていっているようには思えない。 「それと、面白いのが、ハイジさんと喋ってると『カケルと喋ってたっけ』って思うところ」 疑問符でいっぱいだった胸に、穏やかな声がすとんと落ちる。 自分が灰二に似てきた、というわけではないのだ。 例えば、殊更合わせようとしなくても、自然に同じ速度で隣を歩けるようになっていたみたいに。 寝起きの挨拶の声ひとつで、その日の体調の良し悪しがわかるようになったみたいに。 小さな小さな気づきと変化を繰り返して、お互いに近づきあっているのだ。 もう距離なんてない、と思っていた地点を、知らないうちに超えて。 「……そう、なんですかね」 胸の中が、くすぐったくて、じんわり暖かい。 早く灰二と話したいな、と思う。 「そうだよ。 ジョージもきっと、野生の勘みたいなものでそれに気づいたんじゃないかな」 走がふき出すと、神童もまた朗らかに笑う。 「そういえば僕、双子と会うのも久しぶり。 全員揃うの、楽しみだね」 「はい」 いくつかの確認を終え、電話を切ると、灰二とふたりで暮らす部屋の窓を見上げる。 少し開いた窓から、水色のカーテンが揺れているのが見えた。 灰二は部屋にいるらしい。 さぁ、何から話そう。 スマホをポケットにしまい、一段飛ばしで部屋までの階段を駆け上がる。 思わず、さっき入ってきたばかりのガラスのドアを開けて外を窺うと、濡れたアスファルトのにおいがぶわりと流れ込む。 ドアに付けられたカウベルがちりんと鳴った。 「はぁ、うそでしょ……」 路上で砕ける雨の飛沫を見ながら、誰にともなく呟いてしまう。 もう二十一時に近い。 暗くて空の様子など見えるはずもないのだから、雨の気配に気付かなかったのも当然と言えば当然か。 しばらく呆然として雨を眺めていると、バシャバシャと水を蹴る音とともに、スーツ姿の男性がふたり、軒先へ駆け込んできた。 一応ふたりで一つの傘を差していたが、それで間に合うような雨量ではない。 一気に雨のにおいが強くなり、思わず身を引く。 「あ、すみません、水が掛かりませんでしたか」 走ってきたわりには息も切れていない、柔和な声で問いかけられた。 「いえ、大丈夫です。 入られますか?」 「ああ、濡れているので、このまま入ると迷惑になりますから。 今はまだ」 栗色の髪から滴る雨の粒を手で払いながら、その男性が答える。 その間、連れの黒髪の男性は自分のリュックを前に回して、その中をごそごそと探っていた。 入らないのならドアを開けたままだと気まずいかな、と思い、栗色の髪の男性に会釈してドアを閉め、店内に戻る。 時計を見ると、あと十分で二十一時。 この店の閉店時間だ。 この辺りはビジネス街で、酒を出さない飲食店はもうほとんど閉まっている。 駅の近くまで行けばコンビニや居酒屋などは開いているけれど、自分の会社の近くで今開いているコーヒーショップはここしかない。 今日は残業が長引きそうだから、と慌ててコーヒーを買いに出たら、この雨だ。 ついてない。 自分ひとりの分ならまだなんとかなったかもしれないけれど、他の人の分も注文しているし、雨が止むまで待っていればコーヒーは冷めてしまうし、当然残業も伸びる。 既に注文を済ませ商品を待っている状態で、さて、どうしたものか。 ガラス越しに、雨の様子を窺いながら、先ほど雨宿りにやってきたふたりのこともこっそり窺う。 店内の薄暗さと外の照明のおかげで、外に立つふたりの姿ははっきり見えている。 リュックを探っていた男性が取り出したのはタオルだった。 内容まではわからないけれど、笑顔で言葉を交わしながら、ふたりでタオルを使いまわす。 初めは、兄弟かと思った。 でも、よく見てみると、顔は少しも似ていない。 どうして兄弟だなんて思ったのだろう。 そのとき、栗色の髪の男性が、右足を少し曲げるような仕草をし、それを見た黒髪の男性がさっとそこへかがみ込んだ。 栗色の髪の男性が少し慌てながら、大丈夫だって、と言っているのが口の動きでわかる。 かがみ込んだ男性は、とても大事なものでも扱うようにそっとその膝を手のひらで包み、そして、すぐに離して立ち上がる。 ああそうか、距離が近いんだ。 話すときもずっと目を合わせているし、身体に触れるときも遠慮がない。 〝友達〟の距離感じゃないから、兄弟かと思ったんだ。 でもやっぱり、兄弟には見えない。 かと言って、ただの同僚にも見えないな。 ぼんやりとそんなことを考えていると、ふたりが揃ってこちらを振り向く。 慌てて目を逸らすが、ふたりはドアに書かれている営業時間を見たかっただけらしい。 あと少しで閉店時間であることを確認し、入るかどうか迷っているらしかった。 通りの方へ向き直ったふたりが、顔を寄せ合って話し合いを始める。 雨の音が大きくて、そうしないと声が聞こえないのかもしれないけれど、それは見ているほうがどぎまぎしてしまうような距離だった。 やがて、きょろきょろと周囲を見渡した黒髪の男性が、栗色の髪の男性の耳に、ほとんど触れそうな位置で何かを囁く。 誰も聞いている人はいないのに、内緒話をするみたいに。 すると、こちらから見える栗色の髪の男性の横顔が、一瞬しかめ面になる。 しかし、にっこりと笑う黒髪の男性の顔を認めると、困ったような笑顔に変わった。 そして、顔を見合わせ、いたずらを思いついた子どものようにふたりで笑い合う。 なんて楽しそうなんだろう、どんな話をしているんだろう。 全然知らない人なのに、今はじめて会った人たちなのに、それでも、すごく良い関係なのだろうな、と感じられる笑顔。 そんなふたりのことを、なぜかとても羨ましく思えてしまうような。 ぼんやり見とれていると、不意にふたりの顔がまたこちらを向き、そのまま黒髪の男性がドアを開けてこちらへやって来た。 やばい見すぎたすみません、悪意はありません、ふたりはどんな関係なんだろうとか考えてません、ごめんなさい。 思わず脳内で謝罪の言葉を用意するが、黒髪の男性はこちらを責めに来たわけではなさそうだった。 「あの、もしかして、傘ないんですか?」 「あ、え、ええ、はい」 「これ、良かったら使ってください」 目の前に差し出されたのは、さっきふたりが使っていたはずの紺色の折りたたみ傘だった。 「え、でも、」 「使ったら、捨てていただいて構いません。 俺たちは、いらなくなったので」 「でも、まだ降ってますよ?」 確かに少しずつ雨足は弱まってきているけれど、それでもまだ傘が必要な程度には降っているのに。 あたふたしているうちに、彼はさっさと傘を押しつけてきびすを返してしまう。 待って、と呼ぼうとしたのに、ちょうど店内のカウンターから、持ち帰りでご注文のお客様、と自分を呼ぶ声がかかった。 「あ、はい!」 店員に向かって返事をしてから振り返ると、ふたりはもう雨の中へ走り出していくところだった。 ここから駅まではけっこう距離がある。 傘はお持ちですか、と聞かれ、思わず手に握らされたばかりの傘を掲げると、お気をつけて、と笑顔でドアを開けて送り出してくれた。 そうだ、ふたりの行き先より、わたしの残業だ。 彼がいいと言うのなら、遠慮なく使わせてもらおう。 傘を開き、ふたりの駆けて行った方向にいくつかの宿泊施設のサインボードが光っているのを見ながら、逆方向の会社へ向けて歩き出す。 [newpage] [chapter:水色] 「久しぶりですね、ハイジさんが見に来てくれるの」 タオルで汗をぬぐいながら、走がこちらへ向かってくる。 その笑顔に、ずいぶん自然に笑うようになったな、と思う。 水色のジャージを着た部員の一人が、清瀬さんだ、と声を上げると、たちまち囲まれてしまった。 こんにちは、見に来てくださったんですね、と輝くまなざしを向けられて少し怯んだ。 部員たち全員の名前を認識できるほど練習を見に来ているわけではない。 それなのに部員たちにはしっかりと顔と名前を認識されているのが、どうも慣れなくてくすぐったいのだ。 「どうしたんですか、急に」 走にそう聞かれても、さすがにこんなに輝く瞳に囲まれて、『きみのジャージ姿もそろそろ見納めだから見ておきたくて』なんて言えない。 「いや、少し時間があったから、なんとなく」 ふうん、と頷いて、走が部員たちを集める。 そして一言二言話すと、部員たちはこちらに一礼してトラックへ戻って行った。 三年前にはたったの十人しかいなかった寛政大学陸上競技部も、今や倍近くの部員数を数える。 決して多くはないが少数精鋭、部員ひとりひとりに目が届く環境だ。 並んで走り始めた部員たちを眺める。 「で、本当はどうして」 隣に戻ってきた走が訳知り顔で言う。 この男は本当にたくましくなった。 「……本当だよ。 なんとなく、見たくなって」 「見てみて、どう思いましたか」 トラックを走る部員たちを目で追い、そして走に視線を移す。 「ジャージをこの色にして良かった、と思ってた」 「……なんですか、それ」 走は自分のジャージの裾を引っ張って、怪訝そうにしている。 それは新品の頃よりずっとしなやかで、すっかり肌に馴染んでいる。 「きみによく似合ってる。 ……みんなにも」 足音が近づいて、水色の一団が目の前を通り抜けていく。 いつか、『共感するものがきっと後に続く』と言ったときには、まだ想像し得なかった光景。 「……いい色だろう。 風のようだ」 「詩的な表現ですね」 笑った走が、少し下げていたチャックを上げて、駆け出す。 そしてすぐに部員たちに合流した。 あ、ハイジさんだ、という声に振り返ると、別行動していたらしい双子がやってきて、久しぶり、だの、またあとでね、だのと口々に言っては、部員の一団に合流していった。 うん、やっぱりいい色だ。 駆け抜ける風を見て、そう思う。

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#風が強く吹いている #ハイカケ きみのせいだ

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三浦しをん著「風が強く吹いている」を読みました。 分厚かったけど、内容も細かく濃く、面白かったです。 静かな、控えめな雰囲気の中で、確実に熱く燃え滾る情熱があった。 キャプテンのハイジは大学生とは思えないほど冷静で、私の学生時代にはこんな大人っぽい同級生いなかったよなぁと思いを馳せる。 印象的だったのが、メンバーがそれぞれ箱根を走ってる最中に感じることや思考が違うこと。 特に目に留まったことは、ハイジは冷静に計算しながら理論的に走るのに対し、走はほぼ感情的、刹那的で、ただただ単純に純粋に走ることだけをしてるってこと。 走ることがイコール、走そのものなんだな。 「走る」って行為を、こんなに個性豊かに書き出せるものなんですね。 そう、ただ走ってるって行為を、一人に対して何ページにも渡って描き出せることに私は驚きました。 どんだけ丁寧なんだ。 感動したよ。 そしてホント心のささやかな機微を描くのがめっちゃ上手いです。 素人に「上手い」なんて言われてもアレかもだけど、でも上手いんですよ・・・! 上の絵は・・・一応私の脳内イメージ。 右からユキ、走、ハイジ、王子。 ユキだけはイメージはハッキリしてた。 そして王子は、「王子」という響きからリボーンのベルフェゴール?がずーーっと頭の中で箱根走ってた。 絵に起こすときはちょっと修正しましたが・・・。 何か目にかかるくらいの長い前髪なんです。 描いてないですけど、六道大の藤岡は、なぜが地黒で坊主頭でした。 だからDVDでは色白で髪が生えてたのでショックでした・・・。 そう、DVDも勢いで見たのです。 小出君のハイジぶりは良かったのですが、初登場時なぜあんな赤い帽子を被ってたんだろうとそればかり気になります。 キャストが全体的に男前ばかりで、もっと男前じゃない普通の人を使って欲しかったとわがままを思ってしまった。 特にニコチャンが!あのニコチャン男前すぎやわ〜) DVDはやはり時間が無いのか色々端折ってて(みんな一応基礎的なランニングは毎日してるんだね・・・。 ズブの素人からの成り上がり、な原作の方がやっぱ感動も数倍)一人が箱根を走る時もそんなに時間を割り当てられてなかったなぁ。 原作でハイジがゴールする時の「バカだな走、俺は大丈夫だ」 だったかな・・・)という台詞は聞きたかったな〜。 あ〜でももう最近ずっとしをんさん漬けじゃよ・・・。 しをんさんのエッセイ、以前読んだことある二冊をまた図書館で取寄せてもらった。 しをんさんのアラベスクに関する記述をまた読みたくなって。 他に読む本も基本的にはしをんさんがオススメしてる本なので、私はしをんさんと同化でもしたいんだろうか?• 15 recent comment.

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