アマビエ ゲゲゲ の 鬼太郎。 アマビエグッズ通販

特殊切手「ゲゲゲの鬼太郎」の発行

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皆さんこんにちわ!ぴっぴです。 最近SNSを中心に妖怪のアマビエがブームになっているのをご存じですか? アマビエの絵が沢山見られてうれしいアマビエ😚 — coogee coogeepic 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、3月に入りアマビエが注目を集め出しました。 アマビエは半人半魚の妖怪で『もし疫病が流行することがあれば、私の姿を描いた絵を人々に早々にみせよ』と告げた記録があり、見せて回ることで疫病を止めることができるそうです。 日本ではアマビエのイラストをSNSに投稿する人が増え、その影響で海外でも同じようにアマビエブームが来ています。 今回は『アマビエの海外の反応は?鬼太郎や妖怪人気で海外でもブームに!』と題して調べていきました。 アマビエの海外の反応は? japanese artists are drawing Amabie, a yokai that came out of the sea and told people if an epidemic occurred to draw her and show it to everyone. my auntie told me to draw her!! なぜアマビエが流行ったのでしょうか? 鬼太郎や妖怪人気で海外でもブームに! アマビエが海外でブームになった要因はなんなのでしょうか? 考えられるのは• ゲゲゲの鬼太郎が海外で人気があり、妖怪が親しまれている• SNSでアマビエのタグが流行り海外でも徐々にブームに• コロナの影響もあり、お守りとして親しまれている この3つが考えられました。 海外ではゲゲゲの鬼太郎などの妖怪が人気です。 海外でゲゲゲの鬼太郎のTVシリーズが放送され妖怪が親しまれるようになりました。 日本に訪れる観光客の中には妖怪目当てで水木しげるロードを訪れる外人もいるとか 妖怪って日本らしさもあるので外国人にもウケがよさそうですよね。 またコロナの影響で日本人がSNSでアマビエの画像やイラストと共にアマビエのタグを貼り投稿され、それを見た外国人も珍しいキャラクターに注目が集まったのではと思います。 このままアマビエが流行り続け、コロナが世界から消えればいいですよね。 アマビエの海外の反応まとめ 今回は『アマビエの海外の反応は?鬼太郎や妖怪人気で海外でもブームに!』と題して調べていきました。 アマビエの海外の反応は?• 鬼太郎や妖怪人気で海外でもブームに? 最後まで読んでくれてありがとうございます。

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アマビエにクローズアップ!『鬼太郎商店inアリオ八尾』はいかがですか~

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この節のが望まれています。 ( 2020年3月) アマビエは、後期に製作されたとみられるに類する刷り物に、絵と文とが記されている。 (現・)の夜ごとに海に光り物がおこったため、土地の役人がおもむいたところ、アマビエと名乗るものが出現し、役人に対して「当年より6ヶ年の間 は諸国で豊作がつづく。 しかし同時に疫病が流行するから、私の姿を描き写した絵を人々に早々に見せよ。 」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行ったとされる。 瓦版に3年中旬( )という記載があることから、その年に出版されたものであると考えられている。 姿形については添えられた挿絵(アマビエを目撃したとされる役人がその場で姿を写した物の写しであると記載されている)が存在しているが、本文には「図の如く(原文 : づの如く)」とのみ記載されており 、具体的な言葉ではどのようなかたちのものであったかについての特徴は書き留められていない。 【注意】以下の文章は、の内容を書き起こしたものですが、完全ではありません。 《》 文字は当時の字体(は、崩し字はに変換)。 は現代の補足。 肥後国海中 江毎夜光物出ル。 所 之役人行見る 二、づの如く者現ス。 私 ハ海中 二住、 アマビヱ ト申者也。 當年より六ヶ年 之間、諸国豊作也。 併、病流行、早々私を写シ人々 二見せ候得と申て、海中へ入けり。 右 ハ写シ役人より江戸 江申来ル写也。 弘化三年四月中旬 アマビエについての記録の類は、上記1種類の瓦版でしか確認されていない(熊本県にそのような目撃譚や伝説が伝承されて来た事実も確認されていない)が、類似性の高い内容が記載されていると呼ばれる妖怪の資料群との比較から、アマビコが誤記された例のひとつではないかという説が、1999年にによって指摘されている。 姿かたちなどは異なるが、予言と除災という内容を持つほぼ同様な性質で描かれた妖怪たちは、ほかに、、、ほうねん亀、亀女など数多く存在しており、これらも瓦版や写本などのかたちで残されている。 アマビコとの類似点 [ ] 尼彦の肉筆画(明治時代以降のものと考えられている ) 湯本豪一所蔵 と称される妖怪についての図と話は、江戸時代後期から明治中期にかけての資料や新聞記事などで確認されている。 いずれも海中からの出現・豊作や疫病の予言・その姿を写した絵による除災・3本以上の脚部をもつ絵姿・「しばた」(柴田・芝田などと表記される)という姓の目撃者などの共通要素がある。 アマビコ及びそれに隣接すると見られる資料群は確認される年代の幅が前後に広いことから(弘化より少し早いから、にかけて散発している)、 、長野栄俊 などは、アマビエをアマビコと同種のもの・名称の誤記例であると考えている。 (現・)の海に出現したとする資料が最も確認例は多く、アマビエを肥後国に出たとする話もこの影響下にあると考えられる。 (明治9年)に「 尼彦入道( 読みの推定:あまびこ にゅうどう)」あるいは「」という名で新聞記事に報道されているアマビコに類する絵札の例でも「肥後国青沼郡」や「肥後国青鳥郡」の海に出現したされている(ただし、そのような郡が実在しないことは報道でも指摘されており、当時としても疑わしい話であると見なされていたと考えられる )。 ほかに、(現・)に出たとされる「尼彦入道」の例も1件ある。 (明治8年)に報じられた「 天日子尊」 の例は、海ではなくのに現れたとされる。 このように、名称や細部の内容が異なっていても本文全体の趣旨はほとんど同一のものであり、アマビエもこのような例のひとつであったことがわかる。 の絵はどの例でも大抵奇妙な姿で描かれているが、アマビエの絵にくらべるとに似た、毛の生えた獣のようなかたちで描かれることもある (『越前国主記』の 海彦 の例などもそれに近い)。 またアマビエの文には採用されていないが、 あま彦(『青窓紀聞』。 14年のもの )や 尼彦(所蔵)の絵 など、肥後国 に出たとされるアマビコには「猿の声して人を呼ぶ」など、猿のような声をしていたという点が登場する。 アマビエやアマビコの海中出現はに由来する可能性があるとも指摘されている。 山童(早稲田大学演劇博物館所蔵) 山童 [ ] (現・) の山中に「 山童(やまわらわ)」と名乗る妖怪が現われ、「今年から五年間は五穀豊穣だが、悪い病気が流行して多くの人が死ぬ、我が姿を見る者は病をまぬがれて長寿になる」と告げた、という内容の資料(所蔵) も確認されている。 この「やまわらわ」のような例は、出現場所が海でなく山の中であるという違いはあるものの、三本足の外観や予言の内容など、共通した特徴があり、湯本豪一はアマビコ・アマビエとの関連性を指摘している。 創作でのアマビエ [ ] アマビエは江戸時代に制作されたのひとつとして、1970年代以降に写真図版つきで書籍などでしばしば紹介されており、それらを参考資料にした創作の中で用いられている。 水木しげる [ ] ・は、妖怪図鑑のための一枚絵としてアマビエを描いている。 このアマビエの絵は、1984年に発行された『』のために描かれたもので、その後も『』など水木による各種妖怪図鑑にも収録されている。 水面から半身を出した姿で描かれており、アマビエに腕を描き込んでいるのが特徴である。 水木しげるは、西洋では海の生物にはすべて予知能力があり、海から人魚が予言を告げる伝承も珍しくないことから、アマビエを西洋の人魚に近いものであろうという解釈を著書で述べている。 しかし、西洋の人魚の予言の多くは不運の前兆のみであるいっぽう、アマビエは予言のみならず疫病を治すことについても言及している点が、大きく異なるとも述べている。 なお、後述する「」は、水木としてのこのアマビエを立体化したものである。 水木しげるの漫画作品では『』(『悪魔くん ノストラダムス大予言』、1996年)でに仕える使徒の一員として登場している。 『』にアマビエは出演していないが、(2007~2009年)に準レギュラーキャラとして登場している(声 -。 初登場は(19年)放送の「妖怪アイドル!? アマビエ」)。 近いうちに起こる出来事を予知する能力があり、いつも唐突に閃いて予言するが、その内容の大半は対処する間も無いほどすぐに起こる出来事の予言か、どうでもよい出来事の予言で、ほとんどは役に立たない。 海の中でひとりぼっちで暮らしていた妖怪であるとキャラクターされている。 詳細は「」を参照 隠岐のアマビエ像 [ ] の・(旧・) は、古くは『』にその名を見出せる地域「 武良郷(むらのごう)」で 、本名を「武良茂(むら しげる)」という・の家系「武良氏(むら うじ)」の発祥地とされている。 そのため、この地には水木の関連施設が数か所あるが 、その一つ、水木の妖怪としてのアマビエのは、の妖怪の一つという扱いで、中村地区の南側の入り口 (中村川沿い、沿い)に設置されており 、2011年(平成23年)7月の記事にアマビエ像の紹介文が確認できる。 ぬ〜べ〜版 [ ] 漫画『』の続編『地獄先生ぬ〜べ〜NEO』の第36話「アマビエvs. 郷子画伯」にアマビエが登場している。 こちらは恐ろしい姿で子どもたちに悪さをする妖怪として描かれ、登場人物に退治されるという内容である。 が作成した拡大阻止を呼び掛ける。 アマビエをモチーフにしている に発生したは、に入って世界的なと化した。 2月下旬には、日本でもやを中心に、防疫対策として人の物理的交流も経済活動も大幅な自粛を余儀なくされた。 イベントの休止や学校の休校措置などもはじまり、そのような鬱屈した社会情勢にあった同年 、「疫病退散にご利益があるというアマビエの力を借りよう」「コロナウィルス対策としてアマビエのイラストをみんなで描こう」との発想から 妖怪掛け軸専門店「大蛇堂」が、アマビエ解説と共に作品をに投稿したところ 、この考えに賛同した多くのTwitter利用者が「アマビエ」「アマビエチャレンジ」「アマビエ祭り」など を付けてアマビエを自己流にアレンジした作品(イラスト、、、、、、、、 、その他小物など)を次々に投稿するという動きが起こった。 多数の作品がTwitterに投稿され、それらがリツイートされる動きは3月に入っても大きくなってゆき、5日にはのイラスト素材サイト「」にも「アマビエ」のイラスト素材が登場した。 ・トキワセイイチが漫画『アマビエが来る』をTwitterに投稿したのは6日で、これにも大きな反響があった。 原資料であるを所蔵する附属図書館からは6日に投稿があり 、数日のうちに5,000を超える「」が寄せられた。 ソーシャル分析ツール「ForSight(フォーサイト)」でキーワード「アマビエ」を含むツイートを調べると、2月は日に10件程度であったものが、3月1日は162件と微増し、3日になって4,737件と急増、そして、7日には38,646件と爆発的に増えていることが分かる。 ・アマビエを研究にとりあげている長野栄俊は、『ふーぽ』のコラム(2020年3月11日)でアマビエイラストのブームについて言及しており、2020年3月の流行に際してのアマビエはもともと存在していた「予言」の要素についての言及が人々の間で取り沙汰されている点が全く見られず、より単純なとしての特徴のみが拡散していると分析している。 2020年4月にが発令されて以後は、3月時点に較べて社会全体への自粛要請がさらに進んだが、3月以降アマビエがテレビ番組や新聞といったマスコミでも報道され、一挙に世間に広く知られる「護符」的な存在としてニュースとなった結果、各地のさまざまな事業者が「新型コロナウイルスの終息」をうたってアマビエのかたちを模した商品を販売したり、商品のラベルデザインに採用したりするようにもなった(、、、酒類、清涼飲料水など)。 また、4月7日からはが新型コロナウイルス感染症のWeb向け対策啓発の広報アイコンとしてアマビエのイラストを用いはじめた。 このイラストは、2020年6月19日から厚生労働省が配信を開始した「」の起動画面にも全く同じものが用いられている。 同時期にはいっぽうで、護符やの印判にアマビエを用いはじめるやも各地で見られるようになった。 いずれも「疫病退散」の祈願のためとして用いられており、アマビエは「疫病よけの効果があるとされている妖怪 」や「疫病よけの妖怪 」などと称されてることからも「護符」的な存在としてのアマビエブームを受けて採用された例であるといえる。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , p. 25 に全文掲載があり「當年より六ヶ年」と読まれている。 は「当年より六ヶ月」(, p. 4 で引用)とするが誤記載。 湯本豪一『明治妖怪新聞』に掲載されたコラム「妖怪『アマピエ』の正体」における誤記説が、アマビエとアマビコの流れのなかに位置づけた最初期の言及である。 『東京曙新聞』の1881年10月20日号では、当時流行していた海外由来の世界が大滅亡するという噂話と結び付けられた「天彦」の話がつくりあげられて札が売られていた例が報道されている。 そこでは「天保年間西海の沖」にてに仕える存在だと名乗る「天彦」という怪物が出現したと語られている。 これなどは明治時代に入ってからアマビコの類型に新しい要素が足された例である。 長野栄俊(ながの えいしゅん)は、1971年(昭和46年)、生まれ。 歴史研究者。 福井藩史研究のほか、奇術・妖怪の研究者。 日向国に出たとされる「尼彦入道」の図は他の「尼彦」や「尼彦入道」の図にくらべると異質なもので、脚も9本足である。 出現場所については「肥後国熊本県真字郡」と記載されるが、「真字郡」という郡は実在しない。 また「尼彦」(湯本豪一・所蔵)の例では熊本「県」とあることから()後の文章と推定されている• 湯本による解説では文中にある村名を翻刻していない。 「3月6日に京都大学附属図書館が瓦版の画像を添付してツイートしたところ、瞬く間に拡散した。 」旨の報道もされているが 、2月の末には既に投稿が始まりつつあった。 Googleマップ• 349-350. , p. 27 巻末注28. 178-180. 71-88. , p. 株式会社東京堂出版. 2020年5月30日閲覧。 「」『』、2020年3月12日。 2020年3月12日閲覧。 2020年3月15日閲覧。 , pp. 174-175. , p. , p. , pp. 140-142. , pp. 136-137. , pp. 4—8, 24. 「流行病と予言獣」(『国立歴史民俗博物館研究報告』174集、2012年)• , p. 水木プロダクション [ mizukipro] 2020年3月17日. ツイート. より 2020年3月17日閲覧。 トゥギャッター株式会社 2020年. 2020年3月14日閲覧。 東京新聞 TOKYO Web 2020年5月21日. 2020年5月28日閲覧。 , p. 隠岐の島町教育委員会. しまね観光ナビ(公式ウェブサイト). 島根県観光連盟. 2020年3月14日閲覧。 ジャスベル WAON 旅ネット. (ジャスベル). 2020年3月14日閲覧。 リアルサウンド ブック 2020年4月23日. 2020年5月3日閲覧。 ツイート. より 2020年3月14日閲覧。 長田健吾「」『西日本新聞』、2020年3月12日。 2020年3月14日閲覧。 2020年3月14日閲覧。 Twitter. Twitter, Inc. 2020年3月. 2020年3月14日閲覧。 Twitter. Twitter, Inc. 2020年3月. 2020年3月14日閲覧。 Twitter. Twitter, Inc. 2020年3月. 2020年3月14日閲覧。 ツイート. より 2020年3月14日閲覧。 2020年4月17日閲覧。 2020年3月14日閲覧。 「」『』、2020年3月8日。 2020年3月14日閲覧。 トキワセイイチ [ seiichitokiwa] 2020年3月6日. ツイート. より 2020年3月14日閲覧。 ツイート. より 2020年3月14日閲覧。 株式会社 fuプロダクション 2020年3月11日. 2020年3月29日閲覧。 2020年4月9日. 2020年6月7日閲覧。 2020年4月6日. 2020年6月7日閲覧。 2020年4月20日. 2020年6月7日閲覧。 2020年5月20日. 2020年6月7日閲覧。 参考文献 [ ]• 『かわら版物語』、1970年。 長野栄俊「」『若越郷土研究』第49巻第2号、福井県郷土誌懇談会、2005年、 1—30、 、。 長野栄俊「予言獣アマビコ・再考」(小松和彦編『妖怪文化研究の最前線』せりか書房〈妖怪文化叢書〉、2009年)OCLC 675477472。 全国書誌番号:21663918。 『』、1991年。。 編著『妖怪事典』、2000年。 湯本豪一編『明治妖怪新聞』柏書房、1999年。 OCLC 259862594。 湯本豪一編『地方発明治妖怪ニュース』柏書房、2001年。 OCLC 675099157。 湯本豪一『日本幻獣図説』河出書房新社、2005年。 OCLC 62107441。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• 『』 -.

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コロナ終息なるか…? 水木プロの「アマビエ」投稿にネットも期待 「効果桁違いなきがする」「このTシャツ欲しい」:イザ!

アマビエ ゲゲゲ の 鬼太郎

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、3月に入ってからSNSで注目されているのが「アマビエ」という半人半魚の妖怪です。 海から現れ、「もし疫病が流行することがあれば 私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ」と告げたという記録にちなんで、たくさんの人が絵を描いて投稿しています。 しかし他にも疫病を予言する妖怪がいる中で、アマビエが現れたと残されている記録は1件のみ。 一体どうしてここまで注目されるのか、「」(柏書房)などの著書がある湯本豪一さんに聞きました。 「アマビエ」とは アマビエとは、江戸時代の弘化3年(1846年)4月中旬頃に、肥後国(熊本県)の海に現れたとされる妖怪です。 くちばしのような口に、ウロコに覆われた体、足は3本という、独特の姿も特徴です。 海の中に毎晩のように光るものが出没するため、役人が向かったところ、このアマビエがいたという記録が当時の瓦版に残されています。 この先6年間の豊作を予言するとともに、「病気が流行することがあれば、私の姿を絵に描いて人々に見せよ」と告げたとされています。 イラストレーターのサタケシュンスケさん( satakeshunsuke)が投稿したアマビエのイラスト。 ツイートは1. 6万回以上いいねされている。 出典: 予言する幻獣・妖怪、他にも 湯本さんによると、「豊凶(豊作と凶作)と流行病を予言する」という点がアマビエの大きな特徴であり、同様の予言をしたとされる「予言獣」は、他にも新聞などで記録されているといいます。 例えば、明治8年の「東京日日新聞」(毎日新聞の前身)には、凶作を予言した「天日子尊(あまびこそん)」という幻獣の記載があります。 家ごとに天日子尊の姿を写したものを貼り、朝夕拝むことで災難を逃れられると告げたとされ、実際に湯沢の村の家々の入り口には、天日子尊の絵が貼ってあったというものです。 猿のような姿の予言獣「尼彦」 出典: 湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)蔵 猿のような姿をしているという「尼彦(アマビコ)」の他にも、アマビエと同じく肥後国に現れたとされる「アリエ」、半人半牛の「件(くだん)」、人魚のような姿の「神社姫」などの記録が残っています。 目撃される場所も海だったり陸だったり、姿もさまざまですが、「予言する」という点で共通しているといいます。 湯本さんは「豊凶と病気をセットで予言したというのが一番ポピュラーですが、そうではない場合もあり、コレラなど具体的な病名を出して予言したというケースもある」と話します。 「アマビエ」書き間違いだった? 一方、「アマビエ」が記録されている資料は1件のみ。 他にも予言獣がいる中で、ここまでアマビエが注目されているのはどうしてなのでしょうか。 湯本さんは「そもそも20年ほど前までは、他の予言獣の資料があまり調査されることがなかった」と話します。 そんな中、妖怪研究家としても知られる「ゲゲゲの鬼太郎」作者の水木しげるさんが、アマビエを紹介したことで広く認知されるようになったといいます。 17日には水木プロダクションの公式ツイッターアカウントが、水木しげるさんの原画を投稿した。 出典: 「類似する他の予言獣の記録を調査することで、一件しか記録のなかった『アマビエ』も少しずつ実態が見えるようになってきました」 湯本さんは、「アマビエ」は「アマビコ(あま彦・天彦)」を知らない人が、情報を書き写すときに『コ』の字を『エ』と転写してしまったものだという説を唱えています。 「原本が失われたことで、偶然『アマビエ』の記録が残ったのではないか」と話しています。 「姿を写して」庶民の信仰があった 今回のアマビエの大流行の大きなポイントとして、「姿を写して人々に見せる」という指示があります。 アマビエは「絵を見せること」のみ告げたとされていますが、他の類似する予言獣と照らし合わせると、これによって「病気を避けられる」という意味だととらえることができるといいます。 家鴨屋ぽんさん( emikokamo)が制作したアマビエの3Dモデル。 無料配布されており、このモデルを使ってフィギュアを作る人も続出している。 出典: こういった伝承の背景に、湯本さんは「人知を超えた出来事への畏怖と、庶民の生活状況があった」と話します。 現代で暮らす私たちは、それらが目に見えなくても、感染症が細菌やウイルスで引き起こされることを知っていますし、適切な予防や治療が必要であることも理解しています。 しかし、江戸時代の人々にとってはそうではありません。 「江戸時代の人々にとって、凶作や病気というのは自分、あるいは村という共同体を滅ぼしかねない一番重要なものです。 しかし科学的・医学的な知識が広がっていませんから、人々は目に見えない何か、自分たちではどうしようもできないものがそうさせていると考え、畏れや信仰みたいなものが出てきます」 そんな彼らを救う信仰の対象として、神社やお寺も根付いていた一方、供物や賽銭といった「差し出すもの」が必要な場面もあります。 「自分自身が食べられるかどうかという状態の人たちからすれば、単に『拝めば救われる』という形になると藁をもすがる思いになりますよね」 そうした庶民の暮らしぶりから、「予言獣の絵を描き、門口に貼って拝む」という信仰が広がっていったと解説します。 ちなみに湯本さんによると、残されている予言獣の絵には大きく分けて「2つのタイプ」があるといいます。 ひとつは肉筆で描かれたもの、もうひとつは木版で印刷されたもの。 「予言獣のプリミティブな信仰としては『自分で描いて拝む』というものですが、これに乗じて、何枚も印刷したものを売って儲けようとした人もいるという記録も残っているんです」 「自然消滅」していった予言獣たち 明治20年代になると、「くだん(件)」を例外に、徐々に新聞から「予言獣」の記載は消えていきました。 湯本さんは「おそらく科学的な考え、医学的な知識が広がっていく中で、廃れていったものだと考えられます」。 しかしそれから100年以上経ち、医学や情報技術が進歩した現代でいま、再び人々が「アマビエ」を描き、願いを込めています。 記者が「この状況が興味深いですね」と話すと、湯本さんは「基本的に怪異というのは、時代にしたたかに乗ってくるものなのです」と語ります。 「昔からタヌキは人間をばかすと言いますよね。 大入道に化けたという伝承もありますが、明治時代になるとそれまでなかった『汽車に化ける』というパターンも出てくるんです。 明治中期に写真が普及すると、心霊写真という怪異も生まれます。 なので怪異というのは、時代に応じて社会の変遷にしたたかに入り込んで、綿々と生き残っているのです」 大阪市にあるコーヒー豆店「うさぎとぼく」は、「コロナにまけるな!」というコメントつきのアマビエのラテアートを紹介した。 出典: 時代の中で変わっていく「妖怪・幻獣」とのかかわり。 江戸時代や明治時代では瓦版や新聞で広められた予言獣も、今ではインターネット、そしてSNSを使って人々に知られています。 そして今の私たちにとって、アマビエは純粋な信仰というよりも、新型コロナウイルスによって暗い話題が続く社会の中で、遠隔からお互いに励まし合う共通言語のように使われているように感じます。 更に100年後の未来の人々の目には、このアマビエ現象はどう映るのでしょうか。 もっと進化した方法で、広がっていくアマビエの姿を想像してみたくなりました。 「肥後国海中の怪」として残されるアマビエ=『新聞文庫・絵』 84ページ (京都大学附属図書館所蔵) 出典: 17日には水木プロダクションの公式ツイッターアカウントが、水木しげるさんの原画を投稿した。 出典: 猿のような姿をしている予言獣「尼彦(アマビコ)」。 「アマビエ」は「アマビコ」を書き違えたのではという説を妖怪を研究する湯本豪一さんは唱える。 出典:湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)蔵 「肥後国海中の怪」として残されるアマビエ(トリミング)=『新聞文庫・絵』 84ページ (京都大学附属図書館所蔵) 出典: イラストレーターのサタケシュンスケさん( satakeshunsuke)が投稿したアマビエのイラスト。 ツイートは1. 6万回以上いいねされている。 出典: 家鴨屋ぽんさん( emikokamo)が制作したアマビエの3Dモデル。 無料配布されており、このモデルを使ってフィギュアを作る人も続出している。 出典: 大阪市にあるコーヒー豆店「うさぎとぼく」は、「コロナにまけるな!」というコメントつきのアマビエのラテアートを紹介した。 出典: 3月5日にはフリー素材サイト「いらすとや」でアマビエのイラストが公開された 出典: おすすめ記事(PR)•

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